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#8 R=Rehearsal 十人十色のリハーサルが最高の演奏を生み出す。

そもそもN響の歴史とは? コンサートにはどうやって参加するの? といった基本的なことから、知られざるN響の秘密まで、「O・R・C・H・E・S・T・R・A」を頭文字にもつキーワード毎に紹介していきます。 第8回は、「R=Rehearsal」について。どのオーケストラでも行われているリハーサルですが、その内容や進め方は楽団、指揮者によっても様々。今回は、N響のリハーサルに数多く立ち合っている指揮研究員の2人に、「リハーサルとは何か? 」について聞いてみました。

リハーサルが始まるまでに。

コンサートのスケジュールや演目が決まってから、実際の公演日までの期間は数ヶ月〜数年と、その公演内容によって違います。著名な指揮者や演奏者を海外から招聘する場合や、オペラのような大掛かりな公演の場合は、かなり早くから準備を始めていることも。リハーサルの準備は、まず使用する楽譜の出版社などを指揮者と確認することから始まります。どの楽譜を使うのかが決まると、練習1か月前までには演奏者が閲覧できるよう準備し、並行してオーケストラの配置の確認作業も進められます。弦楽器、管楽器、打楽器の位置は指揮者や曲目によって入れ替わることがあるため、リハーサルが始まる前にスタッフとマエストロ(指揮者)の間で話し合いが行われるのです。

公演のリハーサルは、数日前から。

実際のリハーサルは、通常は公演の2、3日前から始まる場合がほとんど。オペラなどの大規模な曲の場合でも、長くて1週間〜2週間程度です。「意外と短い!」と思った方も多いのではないでしょうか。

「N響では、コロナ以前は1日4コマ(1コマあたり1時間)というスケジュールのリハーサルが、お昼の休憩などを挟みながら行われていました。現在は
昼食時の密を避けるために、1日3コマを基本とした練習が行われています」(湯川)

リハーサルは、曲の解釈をすり合わせる場。

演奏会に向けての練習はこのように規則的なスケジュールで行われています。では、個人ではない、集団としてのオーケストラの練習はどのようなことを目的として行われているのでしょうか。

「リハーサルは、事前に練習したことや音楽的なアイデアなどをマエストロとオーケストラ全体で確認してすり合わせていく時間です。『練習をする時間』ではなく『音楽を創造する時間』というようなイメージでしょうか」(湯川)

「練習の目的の1つとして、オーケストラと指揮者が考えを互いに聴き合うということが挙げられます。例えば、それぞれのオーケストラには、代々引き継がれている楽譜があります。弦楽器のボウイング(弓使い)や、クレッシェンドはどんな曲線を描いて表現されるか? など、細かく楽譜に書き込まれており、特に有名な楽曲に関しては試行錯誤の上で演奏されてきた歴史を持っています。2026年に創立100周年を迎えるN響は、その蓄えも多いと言えるかもしれません。もちろん、初めて演奏する楽曲の場合にはその蓄積がないこともありますが、リハーサルはその蓄積と指揮者の考えをすり合わせる『場』でもあるわけです」(平石)

考えをすり合わせていく作業と聞くと、音楽が描く景色やイメージの共有を想像する方も多いはず。もちろん、そのような楽曲の持つ世界観やその背景などのファンタジー要素も当然大事なのですが、実際にはもっと現実的なすり合わせも行われています。

「舞台上で聴こえている音のバランスと、客席で聴こえるバランスは会場によっても違ってくるため、マエストロや楽員の皆さんからリクエストをいただいて、私たち指揮研究員がリハーサルやゲネプロ(本番前の通し稽古)で全体の音のバランスを確認することもあります」(湯川)

「音量だけでなく、音の立ち上がりのタイミングも舞台上と客席とでは違って聴こえることがあります。舞台上ではちょうど良いタイミングで聴こえていても、客席では遅れていて、逆に舞台上でずれて聴こえていても客席では合って聴こえるということもあります」(平石)

音量のバランスやコンサートホールでのこれらの「聴感上のずれ」を修正していくのもリハーサルの目的、そして指揮者の役割の1つでもあるようです。

「熟練のマエストロたちは、先ほどお話しした、ずれを含めた『空間を作る』ことに長けていて、リハーサル中の指示などから、ステージ上で聴こえる音だけでなく、客席まで飛んでいく音にも配慮が行き届いているのだと感じました」(平石)

マエストロが変われば、リハーサル内容も変わる。

リハーサルの進め方は、指揮者によっても異なります。進め方や内容によって練習の形は多種多様です。

「例えば、まず全曲を通しで演奏しもう一度最初から確認していく方、反対に初めから何度も止めながら細かく演奏を詰めていく方など、マエストロそれぞれの考えでリハーサルを進めていきます。1日の時間の使い方に関しても、ヘルベルト・ブロムシュテットさんのように3コマ3時間をギリギリまで使う方もいれば、あえてリハーサルを少し早めに切り上げて、本番の緊張感を大切にされる方もいらっしゃいます」(平石)

「マエストロ達は、奏法、バランス、イメージなど多くのことをリハーサルで伝えようとします。その伝え方も、歌で説明する方もいれば、言葉を重視する方、指揮の身振りだけで伝えようとする方など様々。同じオーケストラが同じ曲を演奏しても、指揮者が変わるとまったく違うサウンドに聴こえることがあるように、マエストロそれぞれの『音のパレット』があるのだと感じています」(湯川)

「もう1つ興味深いのは、マエストロ達の練習場での時間の過ごし方です。練習開始時間よりもかなり早くに到着し、じっと楽員達の音を聴いている方、奏者の方達と積極的に言葉を交わしコミュニケーションをとるマエストロもいれば、時間ギリギリに来て、終わると3分以内には帰路に着く方など振る舞い方も様々です」(平石)

近年、数多くN響と共演を重ねているマレク・ヤノフスキは、楽譜に書いてあることとは違う指示をあえて出すこともあったとか。

「ヤノフスキさんは、例えば『全員がフォルテで弾く』と楽譜には書いてある箇所で、クラリネットとホルンには楽譜通り強く吹くように、フルートとトランペットには小さく吹くようになどと、一見楽譜に書いてあることと矛盾するような指示を出していらっしゃいました。ですが、その指示通りに演奏したときに全員で強く演奏するよりも豊かで力強いサウンドになっていました。あれは今でも忘れられない衝撃的な体験でした」(平石)

リハーサルでは、指揮者が大切な役割を果たします。ですが、リハーサルは「オーケストラが指揮者に合わせる作業」ではありません。オーケストラの特徴によって、指揮者が自身のアイデアを変えることももちろんあります。昔の「巨匠」と言われたマエストロの中には、「私の言うとおりにやればいい」といったリハーサルをする方もいたとか。近年は「どうやったらいい演奏になるか?」を演奏者と一緒に作っていく指揮者が増えているそうです。

「白、黒またはグレーを作っていく。グレーならば黒寄りなのか、白寄りなのかをリハーサルしながら少しずつ決めていく。マエストロを、最高の『素材』を活かして一つの『料理』を作るシェフに例える方もいらっしゃいます。私もそのような指揮者になれたらと思いながら、勉強しております」(湯川)

text / Takanori Kuroda photo / Akari Nishi

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