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#3 ファビオ・ルイージ(N響首席指揮者)|「音楽は演奏されるその瞬間だけ命が宿るのです」

名演が生まれる瞬間、ステージの中央に立ち全身を使ってタクトを振るうのが指揮者です。この連載では、N響にゆかりのある世界的な3人の指揮者が登場し、その仕事の裏側や醍醐味、そして彼ら一人ひとりが愛を注ぐクラシック音楽の魅力について、ポップミュージックを中心にジャンルを超えて活躍する音楽家たちから集めた5つの質問をもとに紐解いていきます。
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最終回となる今回は、2022年9月よりN響の首席指揮者を務めるマエストロ、ファビオ・ルイージに質問を投げかけます。演奏のレパートリーは古典から現代まで幅広く、音楽だけでなく映画や文学、ファッションといった文化にも精通するファビオ。さまざまな知見を持つ彼の回答から、これからのN響の姿が見えてくるかもしれません。

<質問したミュージシャンと答えた指揮者>

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子供の頃の音楽教育というと、ピアノやヴァイオリンが真っ先に思い浮かびますが、「指揮」から習い始めるというのは周囲でもあまり聞いたことがありません。どのタイミングで指揮者になろうと志したのか、その理由などをお聞かせください。

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ピアニストとして研鑽を積んだ後、はじめたのは歌い手へのコレペティトゥア(ボーカルコーチ)としての仕事を開始。当時から生まれ故郷のイタリア、ジェノヴァのオーケストラをよく聴いていました。間もなく、歌とオペラ、そしてオーケストラの奏でる音楽へ情熱を抱くようになり、指揮を勉強し始めました。転機は、故郷のジェノヴァでオーケストラの演奏会を指揮していたマエストロ、ミラン・ホルヴァート(*1)に出会ったことです。私はマエストロをとても尊敬していたので、どこかで教鞭をとっていらっしゃらないかと尋ねたところ、オーストリアのグラーツ国立音楽大学(*2)で指揮法のクラスを持っているので、そこへ来るようにと教えていただいたのです。それから、指揮者としての勉強が始まりました。

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本番前のルーティーンや、精神統一のためのちょっとした習慣など、本番で最大限の力を発揮できるよう、欠かさず行っていることがあれば教えてください。ちなみに私は、近ごろだと、海で拾った貝殻をポケットに忍ばせています。

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迷信は信じませんから、必ず行うルーティンのようなものはありません。演奏会、あるいはオペラの公演を指揮する日は、とにかく体を休め、その日の夕刻に成し遂げるべき仕事に集中します。それは、指揮をすること、そして指揮する作品に専念するためです。人に会うことは避けますし、その日の夕刻になすべきことから私の気持ちを大きく逸らしてしまうようなことはしないように努めます。

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本番中に起こったハプニングなどがあれば、その時の対処方法と合わせて教えていただきたいです。ちなみに僕はライブ中、演奏に没頭するあまり自分の手足と心が乖離するような錯覚を感じたことがあります。自分がコントロールしている感覚は無く、音楽に反応して勝手に手足が動いているような感覚です。

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オペラの上演中に起こったハプニングをいくつか覚えています。例えばウィーンで演奏中、オーケストラピットに何かが落下し楽員にあたったんです。当然、演奏は中断。楽員の怪我の具合を見て、中断したシーンをはじめから演奏し直しました。ミュンヘンの演奏会でも《シモン・ボッカネグラ》(*3)の重要な部分を演奏している最中に歌手の1人が突然倒れたことがありました。ウィーン同様、歌手が回復するまで演奏を中断しましたね。
あとは、オーケストラの演奏会でもソリストが旋律を忘れてしまい、また最初からやり直すということもありました。

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オーケストラは、ビジネスなどその他の社会的な組織とも通ずる点が大いにあると考えています。トップ指揮者としてさまざまな一流オーケストラを率いてきた経験から、チームのパフォーマンスを最大化するコツなどがあれば教えてください。

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いかなる分野においても、やる気を持つこと、それが良い結果を導く最も重要な鍵になります。これはオーケストラの向上に関しても然りです。ですから、楽員が私のアイデアに従うようにやる気を出させて、それを演奏に引き出すことができたら、指揮者としてひときわ優れた結果を得ることができます。それを達成するためには、私がオーケストラの楽員の仲間とならなくてはなりませんし、また同時に、彼らに私たちが一緒に歩む明白な道筋を理解してもらえるように示さなくてはなりません。

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ポピュラー音楽のシーンでは、ミュージシャンがレーベルから独立したり、テクノロジードリブンな組織体で活動を始めたり、あるいは新たなテクノロジーを駆使して作品を制作するなど、商いの面でも音楽表現の面でも、CDの発明以来の変革期にあります。ヘルベルト・フォン・カラヤン(*4)は写真・映像・CDなど、果敢に新しい媒体における表現にも挑戦した指揮者ですが、オーケストラの「顔」でもある指揮者にとって、これからの時代に必要とされる音楽以外の素養は何でしょうか。

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クラシック音楽における指揮者という職業は、良くも悪くも変わりましたし、今もなお変わり続けています。良い面は、指揮者はもはや独裁者ではなく、楽員の仲間になったことです。この仲間意識を通してのみ、指揮者は、質の面でも解釈という面でも重要な目標を達成することができます。マイナスの面は、オーケストラを取り巻く外の環境です。つまり必ずしもプロ的とはいえないようなイメージを宣伝する、ポピュラー音楽同様のガイドラインで導いてしまうこと。その傾向は(能力、真剣さ、まじめさ、文化、経験など)コアとなるものよりも、視覚的なものにより重要性を置くようになってきてしまったことです。

技術、テクノロジーはオーケストラの活動を促進するためのものでした。そしてそれは今でも同じです。カラヤンについては、技術的な面に質の高さをもたらしたということで重要な存在ですよね。

しかし音楽作りの本質は、演奏が生で行われている最中、演奏者、オーケストラ、指揮者などの音楽を解釈する側と、それを聴く聴衆がどう関わり合うかということ。そこでは“質”だけが重要だと私は思います。音楽は人間の耳に訴える感覚的な現象で、視覚に訴えるものではないというのは一目瞭然です。そして、音楽は生で演奏されているその瞬間にしか命がない。それ以外のものはすべて一時的なもので、内在的には不要なものなのです。

注釈
*1ミラン・ホルヴァート・・・クロアチア出身の指揮者(1919-2014)。ドイツのウィーン放送交響楽団の初代首席指揮者であり、その他にもヨーロッパ各地で首席指揮者や名誉指揮者を務めた。

*2グラーツ国立音楽大学・・・1816年に設立されたオーストリアの音楽大学。オーストリア南西地域の中心都市でもあるためさまざまな文化が行き交い、留学生制度が充実している。また、現代音楽をリードする音楽学校としても知られている。

*3シモン・ボッカネグラ・・・ジュゼッペ・ヴェルディが作曲し、1857年に初演されたオペラ。1881年に改訂された。現在も世界中で演奏されている。

*4ヘルベルト・フォン・カラヤン・・・オーストリア出身の指揮者(1908-1989)。20世紀のクラシック音楽界において、最も著名な人物のひとり。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者・芸術監督を34年間務めた。

<質問者プロフィール>

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