はじめまして、東京芸術劇場。
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はじめまして、東京芸術劇場。

奏者の息づかいまでが感じられる迫力に、まるで四方八方から聴こえてくるような豊かな音色に包まれ、その感動を共有するように客席が一体となって拍手を送る。それは、実際の会場でしか味わえないクラシックコンサートの魅力でしょう。N響は、2021年9月から定期公演の会場に、東京芸術劇場のコンサートホールを加えます。そこで、愛称“まろ”の名で親しまれる第1コンサートマスター、篠崎史紀さんと共に東京芸術劇場をめぐりました。ホールの魅力はもちろん、生演奏を体験する醍醐味や、クラシック奏者としての思いを語ってもらいました。

“不思議な力”を持った、東京芸術劇場。

「伝承と再生。それがクラシック奏者の大事な役割ですね」と話すのは、気さくなキャラクターでファンを魅了し続けているヴァイオリニスト、篠崎史紀さん。現在、N響の第1コンサートマスターを務め、指揮者や楽員から厚い信頼を集める人物です。

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篠崎史紀さん、東京芸術劇場コンサートホールの楽屋にて。楽屋での楽員の過ごし方を尋ねると、「何か食べている人もいれば、弾いている人もいるし、曲を作っている人も。ビジネスワーカーが会社で仕事の合間に自分の好きなことをしているのと同じじゃないかな」

「コンサート会場には多くの人々が集うこともあり、演奏会では“打ち上げ花火”のようなイベント的な仕掛けをしてみたくなるものですが、1回限りで消えてしまうのではあまりに安直というものです。やはり、永遠に続いていくものを提供するのが、クラシックにおける真のエンターテイナーだと思うんです」

そんな篠崎さん、2021年9月からN響が定期公演の拠点に加える東京芸術劇場(以下、芸劇)に、ちょっと言いたいことがあるそう。何か不満でも……? と思いきや、「それは、いつ訪れても音が安定していて、すごく素敵なホールだということ」。

篠崎さんいわく、奏者にとってホールとは楽器の一部なんだとか。また、“いいホール=よく響く”ホールだと思われがちだが、その実、響きを残しながらも音がクリアであることが大事らしい。
「コンサートホールによっては、お客さんがいる時といない時の音に大きな差が出ることがあるのですが、芸劇ではその差をあまり感じません。奏者たちの間でも、空間にまんべんなく音が回って常に安定した演奏ができると評判です。また、どこの席に座って聴いても音がいいのが特徴。よく計算されたホールの設計であることはもちろんですが、色々な要素がうまく合わさっているのでしょう。不思議な力を持った空間なんです」

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ガラス張りのモダンなデザインが特徴の東京芸術劇場は、建築家・芦原義信の設計によって1990年に竣工。アトリウム部分では、池袋駅に直結する地階から5階のコンサートホールへ通じる吹き抜け空間が広がる。

さて、オーケストラにとって、演奏会の拠点となるホールを持っていることは大きな強み。なぜなら、奏者は音響に慣れ親しんだ“いつもの場所”だと演奏がしやすいから……と、これは容易に想像がつくことですが、聴く人にとっても大事なことなのだと篠崎さんは話します。
「例えば、ある百貨店にしか売っていない美味しいお菓子があったら、そこへわざわざ買いに行きますよね。それと似ていて、自分の目当てのものが必ずそこにあるということに意味があると思います。芸劇がある池袋という土地柄も、今まで拠点としていたNHKホールのある渋谷とはまた異なるお客さんとの出会いもあるではないかと期待が膨らみますね」

奏者と曲とホールが一体になり、聴衆も含めてその空間で音楽の響きを浴びる。これから芸劇は、N 響にとってホームグラウンドのような場所となっていくのでしょう。

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コンサートホールに設置されたパブリックアートも魅力のひとつ。5階のエントランスでは、洋画家・絹谷幸二が「天・地・人」をテーマに手がけたドーム型のカラフルなフレスコ画が出迎えてくれる。

オーケストラのリアルな演奏には
リラックス効果がある?

いつでもどこでもネットで音楽にアクセスして聴くことができるようになった今でこそ、実際に演奏会で音楽の体験をする魅力とは。篠崎さんに教えてもらいました。

「生の音を浴びると細胞が活性化されるんですよ。例えば、森の中で木々が揺れる音や滝の音を聞くと、すごく落ち着くでしょう? それは共鳴音が身体の中の細胞を活性化しているからなんです」

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コンサートホールにある世界最大級のパイプオルガンは圧巻。特筆すべきは、背中合わせにクラシックとモダンという2つの顔を持ち、180度回転させて使い分けができること。写真は、現代的な装いをもつホールともよく調和したモダンのデザイン。「世界を見ても、180度回転するパイプオルガンがあるホールは見たことがありません」と篠崎さん。

例えば、ステレオで聴く音楽は脳で変換して音を理解しているのだそう。一方で、オーケストラの生音は共鳴するので自然と身体の中に入ってくるのだとか。脳で変換する必要がないため、疲れないということも挙げられます。なるほど、演奏を聴いていたらいつのまにか眠ってしまった……という体験をしたことがある人は意外と多いのではないでしょうか。

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芸劇の楽屋は北欧テイストの居心地のいい空間。ひと部屋ごとに異なる家具や装飾が色を添える。また、コンサートホールのバックステージが広いことも特徴で、篠崎さんいわく、「オーケストラの奏者にとってバックグステージの使い勝手はとても大事。ここでは、楽器を持っていてもスムーズに歩けてストレスを感じません。非常によく気配りされた作りになっています」

「そう、それはリラックスしている証拠。もし脳が緊張していたら寝られませんからね(笑)。実際の演奏をホールで聴くと、心も身体も健康になるんですよ。自然界から得るものと同じような効果を体験できるのが演奏会なんです。数字にもとづいて完成度が高いものばかりを追求してきた時代が続きましたが、私は人間は不完全だからこそロマンがあるのだと思う。生演奏も言ってみれば不完全なもの。そこに美しさがあるのだと思います」

クラシックを聴くのに、準備はいらない。

N響が芸劇に拠点を移すことに伴い、新たにはじまるのが定期公演プログラムのひとつ「池袋Cプログラム」。本格的な内容はそのままに、60〜80分ほどと約2時間ある通常の公演に比べて短く、休憩もないという、気軽な演奏会です。でも、気軽とはいっても、やはり曲について少し勉強したり、正装したりしなくてはいけないのでは……。しかし、そんな迷いを吹き飛ばすように、「何も用意しなくていいんです!」と篠崎さんは言います。

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ホワイエに設置されているのは、彫刻家・多田美波による作品。作家が「光壁」と呼んだように、凹凸に組まれた色とりどりのガラスブロックが光を反射して美しい。

「本来、クラシックの演奏会は“格式”という意味があって、特にヨーロッパでは細かなドレスコードがありますよね。でも、そういうものを全て取り払って、おいしいものを手軽にいかが? と。三ツ星シェフが立ち食い蕎麦屋をやるイメージです(笑)」

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コンサートホールの客席数は1,999席。ぶどう畑のような形をした「ヴィンヤード形式」の客席や、壁に使用されたイタリア産の大理石、木製リブなどが、演奏に最適な音響を生み出している。

さらに、公演時間が短いからこそいつもとは異なるプログラムにチャレンジできるのだそう。例えば、バルトーク(*1)だけに焦点を当てた公演のように、ぎゅっと凝縮したもの。

「ただ、プログラムが変わっても僕たち演奏者の演奏に対する心が変わるわけではありません。作曲家に敬意をもって伝承と再生をしていく。時代によってコンサートの形は変化しながらも、皆さんにクラシックの演奏を楽しんでもらいたい。その思いも変わることはありません」

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注釈

*1 バルトーク・・・1881年ハンガリー生まれの作曲家、ピアニスト。母国と周辺諸国の民謡を収集・研究し、ヨーロッパの伝統的な音楽と20世紀初頭の新たな技術を融合した独自の作風を確立した。1940年に米国に亡命、45年ニューヨークにて没。

池袋Cプログラムとは。
NHKホールの改修工事にともない東京芸術劇場(池袋)に定期公演の拠点を移し、これまでの定期公演Cプログラムが、新たに“60〜80分程度(休憩なし)”の「池袋Cプログラム」としてリニューアル。バルトークやR.シュトラウスといったN響がパーヴォ・ヤルヴィと継続して取り上げてきた作曲家から、ドヴォルザーク、ブラームス、マーラーなど世界的巨匠の楽曲まで、屈指の傑作を最高のキャストで演奏する大充実のプログラムが目白押し!
                □
■第1936回 定期公演 池袋Cプログラム
東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
1日目 2021年9月10日(金)
2日目 2021年9月11日(土)

NHK交響楽団池袋Cプログラム特設サイト


text / Shiho Nakamura photo / Shin Inaba 取材協力 / 東京芸術劇場


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