見出し画像

#1 O=Orchestra 人々が集まりハーモニーを奏でれば、それはオーケストラだ。

そもそもN響の歴史とは? コンサートにはどうやって参加するの? といった基本的なことから、知られざるN響の秘密まで、「O・R・C・H・E・S・T・R・A」を頭文字にもつキーワード毎に紹介していきます。

第1回は、Oの「オーケストラ」についてです。私たちN響も「NHK Symphony Orchestra」と訳される、日本のオーケストラ団体のひとつです。オーケストラは演奏する機会によって、曲のジャンル、奏者の人数、楽器の編成が異なりますが、そもそもオーケストラを構成する条件はあるのでしょうか? 今回は、1994年に入団し、1999年からは首席フルート奏者を務め、N響のことはもちろん、オーケストラのことを熟知している神田寛明に解説してもらいました。

<教えてくれた人> 

画像4

オーケストラの起源は、原始時代まで遡る?

一般的に「オーケストラ」とは、「楽器を演奏する人たちが集まったグループ」のことを指します。ですから3人も集まれば、それは「オーケストラ」と呼んで良いのではないかと僕は思っています。少ない人数のオーケストラは「室内管弦楽団(チェンバーオーケストラ)」などと言われることも多いですが、普通のオーケストラだって室内でも演奏しますからね。

室内楽3人
池袋Cプログラムで開演前に行っている室内楽の様子。演目や編成は公演によってさまざまで、5人や8人で演奏する日もある。

「バンド」と「オーケストラ」の違いも曖昧です。いわゆる「クラシックミュージック」ではない、ジャズやポップス、ロックなどを演奏する集団のことを一般的に「バンド」と言いますが、人数で線引きはできないと思うんですよ。ジャズには「ビッグバンド」という大編成のアンサンブルがありますが、バッハやハイドンらが活躍したバロック時代のオーケストラもそのくらいの人数でしたから。

成り立ちとしては、まずオペラの伴奏をする楽団がありました。もう一つは、王様や貴族が抱えていた楽団。前者を「フィルハーモニーオーケストラ」、後者を「シンフォニックオーケストラ」と呼ぶようになったという話を聞いたことがありますが、定かではありません。

オーケストラの語源を調べてみると、もともと古代ギリシャ劇場で舞台と客席の間にある土間の部分を「オルケストラ」と呼んでいたのですが、そこにいる演奏者の集団をいつしか「オーケストラ」と呼ぶようになったそうです。

画像4
ギリシャあるエピダウロス遺跡の円形劇場。世界遺産にも登録されている。紀元前4世紀に建てられた、1万4000人を収容できるこの場所では、今もなおクラシックコンサートやオペラ、バレエなどが開かれている。写真中央の円形の部分が「オルケストラ」と呼ばれていた。

もちろん、古代ギリシャよりはるか以前から人々は集まって音を奏でていました。自分たちの「声」以外ですと、まずは何かモノを「叩く」ことで音を出していたようですね。私が担当しているフルートは「吹く」ことで音を出しますが、楽器の中でも歴史は古く、今から4万年ほど前には鳥の骨に穴を開け、そこに指を当てて音程を変化させながら音を出していたと言われています。

そうやって叩いたり吹いたり、時には擦ったりしながら人間はいろいろな楽器を開発していきました。まずはリズムを奏で、次にメロディ、さらには「ハーモニー」を形成していく。「声」だけでなく楽器も使ってハーモニーを奏でるようになり、それがやがて「オーケストラ」になったわけです。

構築して、破壊する。移り変わる、オーケストラのスタイル。

現在世界中に存在するオーケストラは、大体19世紀半ばくらいに確立したスタイルで演奏されています。作曲者でいうと、ベートーヴェンからシューマンやブラームスあたり。「この楽曲にはこの楽器が何人必要」というふうに作曲者が指定するようになったのは、おそらく18世紀半ばのモーツァルトやベートーヴェンの頃からでしょうね。例えばモーツァルトは、同じ楽曲でも編成の違いによって楽譜を書き分けるなどしています。

それより以前、それこそバッハの頃は「この街にはこの楽器がないから、それに代わる楽器で演奏しよう」とか、「この街には珍しい楽器があるから、それを加えてみよう」みたいに臨機応変に演奏をしていました。ジャズやポップスの世界では当たり前のことですが、バッハの時代も同じようなことを行っていたわけです。それが長い時間を経て厳密に様式化していきますが、本来はもっと自由だったんですよね。

そうした歴史を踏まえた上で「これぞオーケストラ!」という曲を選ぶのであれば、僕はブラームスを挙げたいです。彼の作った4つの交響曲はどれも素晴らしい。人類の歴史の中で長い時間をかけて構築されていった和声(ハーモニー)の仕組み、その集大成がブラームスではないかと思います。ブラームスはピアノの名手としてもよく知られていますが、彼の交響曲はピアノ曲をそのままオーケストラへ拡大していったような美しい譜面を書く職人でもありますね。ちなみにオーケストラならではの多彩な音色を堪能するのであれば、モーリス・ラヴェルもオススメですよ。

N響フルート奏者神田がおすすめする、これぞ“オーケストラ”な一曲。
ブラームス / 《交響曲第2番 ニ長調 作品73》
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット
演奏:ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

ブラームス以降の音楽は、既存の価値観を覆したり、破壊したりする動きになっていく。例えば、「気持ちいい和声なんていらない」「12音階である必要性もない」「そもそも和音である必要があるのか?」というふうに(笑)。そういう意味では、ブラームスの時代までが本来の意味での「クラシック」ではないかと僕は思っていますね。

私が演奏した中でもとりわけユニークだったのは、パウル・ヒンデミットのヴィオラ協奏曲の一つ《白鳥を焼く男》です。これはヴィオラ独奏を聞き取りやすくするために、ヴァイオリンとヴィオラを省いた特異な楽器編成でした。他にも、打楽器オーケストラとピアノ4台、合唱、独唱のみで編成されたカール・オルフの《カトゥリ・カルミナ》という曲もN響でやりましたね。現代音楽に至っては、タイプライターや大砲、ネコなんかを導入する曲もありますから、もうなんでもあり。「やったもの勝ち」みたいなところがあります(笑)。そういえば中国出身の指揮者で作曲家のタン・ドゥンさんが来日したときは、あらかじめスマホにダウンロードした音源をお客さんと一緒に鳴らす、彼が作曲した通称「スマホ協奏曲」(正式名称は、Tan Dun / Passacaglia: 「Secret of Wind and Birds」)なるものをN響で「演奏」した時のことも印象に残っています。

オルフ《カトゥリ・カルミナ》
2014年1月25日NHKホールで行われた第1774回定期公演Aプログラムでのカール・オルフ / 《カトゥリ・カルミナ》演奏の様子。指揮はファビオ・ルイージ。

互いに影響を与え合い進化してきた、ポップスとクラシック音楽。

ポップスに比べてクラシックは「ハードルが高い」と言われがちですよね。いろんな理由が考えられますが、クラシックがもともとが「教会音楽」だったり貴族階級を中心に発展していったことが理由として挙げられると思います。でも、民衆の中から生まれた「ポピュラーミュージック(大衆音楽)」と「クラシック」は、お互いに影響を与え合いながら進化してきたんです。ポピュラーミュージックだって、相当複雑な理論や高度な演奏をやっているものもありますが、そんなことを意識せずにみんな聴いて楽しんでいますよね。同じようにクラシックも、まず聴いたまま感じてもらえばそれで良いと思うんです。それで少しでも興味を持っていただければ、その先には奥深い世界が待っていますから。


text / Takanori Kuroda