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#2 グリーグの「ヒット曲」を、ポップスのフレーズに。

バルカン音楽やシャンソンなどヨーロッパを中心とした世界の音楽をルーツとしながら、独自の世界観をつくる姉妹ユニット、<チャラン・ポ・ランタン>。実は、彼女たちの楽曲には、ヨーロッパ民謡やクラシック音楽がたくさん隠されています。
たとえば、2015年にリリースされた「メビウスの行き止まり」という楽曲。こちらは、2021年10月のN響定期公演池袋Cプログラムでも演奏される、グリーグ作曲の《ペール・ギュント》が元ネタになっているとのこと。この曲を引用した背景や、どのようにアレンジしていったのかという話から、クラシックとポップミュージックの関係に切り込みます。
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「クラシック音楽は、元ネタだ。」は、クラシック音楽をルーツに持ちながら現代のポップスシーンで活躍する音楽家・江﨑文武さんが案内人となり、ポップミュージックのアーティストをゲストに迎え、具体的な作曲家や曲を絡めながら、クラシック音楽と現代の音楽との関わりを掘っていく連載企画です。

※記事中で出てきた曲をプレイリストにしました。ぜひ記事を読みながら聴いたり、サンプリングと元ネタを聴き比べたりしてお楽しみください。

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同じ部屋、ひとつのコンポでクレズマーを聴いていた。

江﨑文武:チャラン・ポ・ランタンは、ヨーロッパのいろんな音楽を織り混ぜた独自の世界観が素敵だなあと思うのですが、まずは、お二人の音楽のルーツを聞いてみたいです。

小春:7歳のとき、母に連れて行ってもらったサーカスで、アコーディオンに出会ったんです。伸び縮みしているのがかっこいい! と思って、習い始めました。見た目から音楽に入ってしまったんです。ピアノも少しやっていたのですが、途中で挫折しました。

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もも:私もお姉ちゃんのマネっこでピアノやりたいと言って始めたものの、練習が辛くて早々に辞めてしまいました。

江﨑:僕も練習は本当に嫌いでした。小さい頃から、周りの友達は外で遊んでるのに、僕だけ家でピアノ練習しなきゃいけないのが悔しくて。

小春:それで言うと私は、めちゃくちゃ閉鎖的な性格だったので、ひたすら一人で練習してるタイプでした(笑)。

もも:友達どころか、家族ともほぼ話さないくらい「鎖国」してたんですよ。私は真逆で、友達とわいわい遊ぶタイプ。でも不思議と、同じ部屋でも当たり障りなく同居してたよね。

小春:そう。性格は真逆だったけど、仲は良かったよね。

江﨑:お二人が楽曲に取り入れているサーカスの音楽って、それぞれの国の民族音楽を演奏している場合もあるそうですね。ヨーロッパの民謡を一度に知ることができそうですよね。

小春:そうですね。中学生ごろから、知らず知らずのうちに慣れ親しんでました。アコーディオンを習うと、だいたいロシア民謡とシャンソンをやるんですよね。みんな演る曲も決まってるんですよ。《愛の讃歌》(*1)か《ドナウ川のさざなみ》(*2)か《美しく青きドナウ》(*3)か。「どっちのドナウ?」みたいな(笑)。

江﨑:《美しく青きドナウ》は、ヨハン・シュトラウスの有名なワルツですよね。あと、アコーディオンやバンドネオンと言ったら、タンゴですか? 僕、ピアソラ(*4)好きなんです。

小春:タンゴは意外とレッスンではあまり弾かないんですが、もちろん好きで聴いてました。それこそ、この前NHKの番組『クラシック音楽館』のピアソラ特集にゲストで呼んでいただいて、ひたすら語り尽くしましたよ。

江﨑:中学生から、ロシア民謡とかタンゴを好んで聴くなんて、だいぶ大人ですよね(笑)。ももさんは、どんな音楽を聴いていたんですか?

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もも:私は全然音楽のこだわりとかなくて、流行りのポップスを聴いてました。モー娘。とか松浦亜弥とか。でも、同じ部屋でCDコンポがひとつしかないので、一緒にクレズマー(*5)を聞くことになっちゃう。同じ時間聴いてるので、私にもしっかり刷り込まれてます。今でも、その頃から聴いていた曲で、「あの曲のあの感じ」っていうのが共通言語になってますね。

小春:同じように、私も松浦亜弥に詳しくなっちゃって。お互いに影響し合ってたね。

おばあちゃんは、N響ファン。

江﨑:クラシックには、幼い頃から触れていたんですか?

もも:おばあちゃんがオーケストラとかクラシックがすごい好きな人で。一緒に暮らしていたので、よく実家で流れていました。

小春:おばあちゃんのお父さん、つまりひいおじいちゃんが大のクラシック好きで、地元愛媛でN響を招致するイベンターだったらしいんです。それで、おばあちゃんが東京で美大に行くときに、N響にお世話になっていたという話もあって。

もも:そう。その話何度も聞かされたよね。おばあちゃんからは、お葬式のときボレロ(*6)を流せって言われてます。

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江﨑:相当クラシック好きなんですね!ボレロは最初は静かだからいいけど、最後壮大すぎて大変なことになりますね(笑)。

小春:私はクラシックの中でも、バッハ《インベンション》やドビュッシー《ゴリウォーグのケークウォーク》、ガーシュウィン《パリのアメリカ人》などの軽快な曲が好きで、よく聴いていました。

もも:小学生の時、なぜかサンタさんから「クラシックベスト101」みたいな六枚組のアルバムをもらったりしていました。学校でクラスの劇で音楽担当になったとき、そのアルバムから全部選んだ記憶があります。これは朝のシーンの曲、これは戦いのシーンの曲とか。

江﨑:そしたら、結構小さい頃から馴染みがあったんですね。

もも:全然詳しくないですけど、昔から馴染みがあるし、好きです。クラシックは色を感じられたり、匂いをイメージできたりする音楽ですよね。すっと染み込んでくる感じがします。

何百年も世代を越えて聴かれる「ヒット曲」。

小春:チャラン・ポ・ランタンの曲にも、クラシック音楽を結構引用していますよ。「メビウスの行き止まり」(*7)もそのひとつです。


江﨑:そうですよね。この曲は、グリーグの《ペール・ギュント》「山の魔王の宮殿にて」(*8)が元ネタになっていると思うのですが、グリーグとはどこで出会ったんですか?

小春:それこそN響です! おばあちゃんがN響のラジオをよく聴いていて、小さい頃に隣で耳にしていたんでしょうね。作曲するときに、ふとこのフレーズを思い出したんです。でも曲名が分からなくて、アコーディオンで弾いた動画を「この曲の曲名分かる人〜」ってTwitterに載せてみたんです。そしたら1分と経たないうちに「ペール・ギュントですっ!!!」って速攻リプライが来て。

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江﨑:文明の利器ですね(笑)。

小春:この手法、私よくやるんです。“人間Shazam(*9)” みたいなかんじで。数年前に聴いたメロディーを今でも鮮明に覚えてるってことは、絶対「ヒット曲」じゃんって。このフレーズを自分なりにアレンジすれば、今の人にもきっと聴いてもらえるんじゃないかと思ったんです。

江﨑:いやもう何百年か前からずっと聴かれてるわけですから、「大ヒット曲」ですよね(笑)。阪神タイガースの応援歌にも使われていますし、CMでも耳にします。

もも:何百年も前から受け継がれてるって、グリーグさんすごい。私、全然グリーグのこととか詳しくないのですが、どんな人だったんですか。

江﨑:グリーグの作る曲って、短いものが多くて、もともと大編成で長い曲は苦手だったらしいんです。でも、ソプラノ歌手だった幼馴染と結婚して生涯添い遂げたほどの愛妻家で、その奥さんのために稼がなきゃって引き受けたのが、この「ペール・ギュント」という劇の作曲です。

もも:ええ、そうだったんですね。素敵な人〜。

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江﨑:すごく可愛らしい人だったみたいです。舞台に上がるときはお守りとして常にカエルの置物をポケットに入れていたり、家ではブタのぬいぐるみを可愛がっていたりしたという逸話も。その心優しい性格が音楽性にも出ていますね。僕もすごく好きで、小学生の時の発表会でグリーグの《抒情小曲集》(*10)のノクターンを弾いたのですが、自分の中では1番気持ちよく弾けた「ピアノの発表会」でした(笑)。

もも:クラシックって、背景を知るとさらに面白いですね。

江﨑:小春さんは、このグリーグの名曲をどうやってポップスへ昇華させていったんですか? 

小春: ペール・ギュントのフレーズを拾っていると、抜け出せなくなってしまうんです。悪い意味で、細かいところまで再現しようとしちゃう。だから、ある一定期間聴き込んで、いざ作曲するときには聴かないようにしています。

江﨑:へえ、そうなんですね......!

葛藤の先に見つけたのが、クラシックだった。

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もも:この曲を出したのは、メジャーデビューしたすぐ後くらいで、なるべく多くの人に聴いてもらうにはどうしたら良いだろうって葛藤していた時期だったんですよね。マイナーなジャンルの音楽だけど、いろんな人に聴いてほしいっていう思いが強かった。周りにいる人たちからの期待もあったし。

小春:私の音楽性なんて簡単に理解できるもんじゃないから、みたいなちょっとした反骨精神がありましたね。それで、どんどん「ヒット曲」のクラシックや民謡をさらっと引用してみたのですが、マネージャーさんとか周りはポップスしか聴いてない人たちだったので、誰にもつっこまれなかった。しめしめ気づいてないぞみたいな(笑)。

江﨑:「みんなに聴いてもらいたい」という気持ちと「簡単に理解されてたまるか」という相反する気持ちの間で、「ヒット曲」としてクラシックを引用するところに行き着いたというのが面白いですよね。トレンドの法則みたいなものに乗っかるのではなく、クラシックという自分のルーツにあるものをこっそり忍ばせている。あくまで自分の内面に向き合った結果だから。

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小春:そうなのかも。演奏の仕方も、クラシック的なところもあるんです。チャラン・ポ・ランタンのサウンドだと、バンドサポートは別のジャンルのプレイヤーも多いのですが、「勝手に自分のグルーヴに寄せないで!」ってなるときも多い(笑)。私が書いたスコア通りに演奏して欲しいって思っちゃう。

もも:全国ツアーの後半くらいになってくると、だんだん息も合ってくるんですけどね。しばらく会ってないと、あれ、かなりジャズ感入ってる? ってなることも。

江﨑:ジャズは自分の生き様をさらけ出していく音楽だから、そうなりますよね。たしかに、お二人の世界観に寄り添ってくれるのは、きっちり楽譜に沿って演奏してくれるクラシックルーツのプレイヤーなのかもしれないですね。

小春:そうですね。いつかオーケストラ編成で演奏したいんです。でもそれはさすがに私がフルスコア書くなんて無理かなとか、全く決まってもないのに悩んだりして(笑)。

もも:私もオーケストラで使うような広いコンサートホールで歌ってみたいです。後ろにもお客さんがいるホールとか。

江﨑:事務所から独立もされて、いい意味でいろんな尖った挑戦ができそうですね。

小春:そうですね。私はアコーディオンを仕入れて売ろうともしておりまして。アコーディオンって普通だと40万くらいするんですよ。だけどもっと気軽に始めてもらいたいから、その4分の1くらいの値段で。

江﨑:ええ、いいですね! 僕もアコーディオンやってみたいです。今度教えて下さい。

小春:ぜひ!

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注釈
*1《愛の讃歌》・・・ 1950年にフランスのシャンソン歌手であるエディット・ピアフがリリースした楽曲。日本でも越路吹雪や宇多田ヒカルらにカバーされている。

*2《ドナウ川のさざなみ》・・・1880年にルーマニアの作曲家であるヨシフ・イヴァノヴィチが作曲したワルツ。映画の挿入歌としても多用されている。

*3《美しく青きドナウ》・・・1867年にオーストリアのウィーンを中心に活躍した指揮者であり作曲家のヨハン・シュトラウス2世が作曲した合唱用のウィンナ・ワルツ。

*4アストル・ピアソラ・・・アルゼンチンの作曲家、バンドネオン奏者(1921-1992)。タンゴをクラシックやジャズに昇華させ実験的な編成を組んだことで知られている。

*5クレズマー・・・東欧発祥のユダヤ系音楽。有名な曲に「ドナドナ」など。クラリネットやヴァイオリンを中心とした少人数編成で演奏されることが多い。

*6《ボレロ》・・・1928年にフランスの作曲家であるモーリス・ラヴェルが作曲したバレエ曲。

*7「メビウスの行き止まり」・・・2015年11月にチャラン・ポ・ランタンがリリースした楽曲。メジャーデビュー後、3作目のシングルでリリースされた。アップテンポで軽快な曲。

*8《ペール・ギュント》 「山の魔王の宮殿にて」・・・《ペール・ギュント》はエドヴァルド・グリーグの代表作の一つで、ヘンリック・イプセンの戯曲「ペール・ギュント」のために作曲された劇付随音楽。その中の「山の魔王の宮殿にて」は、様々なテレビ番組やゲームのテーマソング、ロックバンドなどにアレンジされるなど、国内外で広く親しまれている。2021年10月、N響定期公演池袋Cプログラムでは管弦楽組曲版が演奏予定。

*9Shazam・・・マイクを使って、短時間のサンプル音から音楽や映画などを特定することができるスマートフォンアプリ。

*10《抒情小曲集》・・・エドヴァルド・グリーグが1867年から1903年にかけて作曲した、全66曲からなるピアノ曲集。


チャラン・ポ・ランタン「メビウスの行き止まり」の元ネタとなった、グリーグ《ペール・ギュント》が聴ける公演はこちら。

■第1940回定期公演 池袋Cプログラム
東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:ヘルベルト・ブロムシュテット 
曲目:グリーグ/「ペール・ギュント」組曲 第1番 作品46
   ドヴォルザーク/交響曲 第8番 ト長調 作品88
1日目 2021年10月22日(金)開演 7:30pm  
2日目 2021年10月23日(土)開演 2:00pm

NHK交響楽団池袋Cプログラム特設サイト


text / Mami Wakao photo / Eichi Tano


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