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#3 バルトークの音楽理論が、ヒットソングの礎に。

MISIAやキリンジなど数々のヒットポップソングを手掛けてきた音楽家、冨田ラボこと冨田恵一さん。冨田さんの音楽人生の始まりは、音楽家のお母様に教わったクラシックピアノ。そこから軸足はジャズやR&Bへと広がったものの、今になって音楽をつくる上でクラシックから教わることや共通する部分は多いそう。冨田ラボさんとともに、音楽理論におけるポップスとクラシックの関連性を探っていきます。
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「クラシック音楽は、元ネタだ。」は、クラシック音楽をルーツに持ちながら現代のポップスシーンで活躍する音楽家・江﨑文武さんが案内人となり、ポップミュージックのアーティストをゲストに迎え、具体的な作曲家や曲を絡めながら、クラシック音楽と現代の音楽との関わりを掘っていく連載企画です。

※記事中に出てきた曲や冨田さんの手掛けられた楽曲を、ひとつのプレイリストにしました。ぜひ記事を読みながら聴いたり、曲の共通点を探してみたりして、お楽しみください。

“ポップス耳”でも単純にかっこいい。

江﨑文武:冨田さんとは、アーティストのkiki vivi lilyNazのプロデュース、数年前の<T.O.C Band>(*1)でご一緒させていただいていますが、このプライベートスタジオには今日初めてお伺いしました。いやあ、機材や本の数がすごいですね。圧倒されてます(笑)。

冨田恵一:そういえば5年くらいの付き合いだけど、僕のスタジオは初めてでしたね。文武さんは<WONK>や<millennium parade>など、大活躍ですね。最近は文武さんと同世代の藝大、音大を出たクラシック出身の方がポップ・フィールドでもたくさん活躍していて勢いを感じます。

江﨑:冨田さんも、実はクラシックピアノがスタートだったんですよね。でもクラシックがあんまり好きじゃなかったって、以前のインタビュー記事で拝見しました(笑)。

冨田:あはは、少し語弊があるというか、大雑把な発言だったかもね。たしかに自分で練習していたピアノ曲よりもオーケストラルな映画音楽などを聴く方が好きでしたが、クラシックが好きじゃなかったというより、レッスンが嫌になってしまったんですよね。母親が音楽家でピアノの先生だったので、物心ついたときにはピアノを弾いていたし、クラシックもいろいろ聴いていた。でも、小学校から習い始めた先生が厳しかったこともあってレッスンが憂鬱になってしまって。隣でやっていたエレクトーンの方がいろいろな音色があったりリズムマシンも付いていて楽しそうだと、親にお願いして転向したんです。

江﨑:そうだったんですね。僕もドビュッシーやラヴェルあたりからクラシックがよく分からなくなって、ジャズに移っていきました。でもジャズをやっているうちに、逆にドビュッシーの良さが分かったり。

冨田:分かる。一周回ってクラシックに戻る感覚。ラヴェルは僕も好きです。あとは、バルトーク(*2)とか。

江﨑:ここにも、バルトークの本がいっぱいありますね。

冨田:バルトークは、僕みたいな"ポップス耳"でも、単純に聴いてかっこいいんだよね。最初に聴いたのは、《管弦楽のための協奏曲》(*3)だったかな。子どもの頃に聴いていた他のクラシックとは響きが違うと感じましたね。ダイナミックでエキゾチックな感じにも興奮しました。

江﨑:僕の周りでクラシックやジャズをルーツにポップスをやってる人たちも、バルトークの名前を挙げる人が多いです。あとはストラヴィンスキーとか。

冨田:ストラヴィンスキーの『音楽の詩学』(*4)っていう本もおもしろいですよ。音楽理論というよりは、音楽とはこういうものであるっていう音楽美学的なことが語られている講義録なんだけど。

江﨑:読んでみたいです。ストラヴィンスキー、ラヴェルあたりは、実際に<millennium parade>で音楽を作るときに参考にしたことがあります。

冨田:いま名前が出た作曲家たちにはモーダルな曲(*5)も多いよね。全部が全部ではないけど。だから、ポップ・ソングやジャズが好きな僕らでもかっこいいと思うのかも。

江﨑:ジャズでいうと、ビル・エヴァンスとマイルス・デイヴィスの「カインド・オブ・ブルー」がそのはしりですよね。和音で楽曲を展開させるのではなく、スケールを軸に自由度高く音楽を展開させてゆく。

冨田:そう。けどフリージャズとか、シェーンベルク(*6)みたいなところまではいかない。その手前くらいのバランスがかっこいいし、ポップ・ソングとのマッチングもいいよね。そういえば一度サントラでシェーンベルクの「十二音技法」(*7)で作ってみたこともあったな。でも、規則を守りつつ想うバランスを保つのが難しすぎて4小節だけでもう限界でした(笑)。普段音楽を作る脳とは違う部分も使うんだよね。

江﨑:メディアアートなどの文脈で、プログラミングやそれに付随するアルゴリズムで曲を作る人たちは、そのあたりの思想を発展させている向きもありますよね。

冨田:なるほど、プログラミングにはピッタリかもしれないね。偶然性も利用できるけど、意識的な作曲にもとても有効な手法だと思ったよ、響きは単一的になるけどね。この手法が生まれた背景もわかった気がしました。

江﨑:おもしろそう。あ、このシェーンベルクの『作曲の基礎技法』(*8)は僕も読みました!

冨田:大学時代に、音楽書や教則本って意外とおもしろいよって友達から教えてもらって、いろいろ買うようになった。内容は基礎的なんだけれど、細かい解説の仕方とかに、著者の個性がかなり出てくるんですよ。

江﨑:教則本はほとんど読んでこなかったんですけど、今になって見ると役に立ちそう。

冨田:そう、結構実用的です。スコア書く時に、あまり使わない楽器の音域を調べたりもできる。

とにかく自分の耳を使う。

江﨑:この連載の第一回の鼎談で、常田俊太郎さんが、交響曲のスコアを参考にすることもあるって話していたんですが、冨田さんはスコアを参照することもあるんですか?

冨田:スコア、読みますよ。でも、僕は耳が先かな。純粋なクラシックではないけど、僕が管弦を用いた編曲をするようになったきっかけが、クラウス・オガーマン(*9)というドイツの音楽家を研究するようになったからなんです。

江﨑:クラウス・オガーマン。知らなかったです。

冨田:それこそ、文武さんが好きなビル・エヴァンスの「WITH SYMPHONY ORCHESTRA」をアレンジした人だよ。ジャズ周辺だとアントニオ・カルロス・ジョビンやジョージ・ベンソンのアレンジが有名かな。ジャズ・フュージョンとクラシックの両フィールドでのリーダー作がある。大学生の頃、マイケル・ブレッカーと共同名義の『Cityscape』っていうアルバムを聴いて、オーケストラとリズムセクションが共存する美しさに衝撃を受けたんです。

江﨑:そうだったんですね! 『Cityscape』も聴いてみたいです。

冨田:最初は、管弦のスコアを書くなんて、音大行った人のやることだよなあって思っていたんです。でも毎日聴いていたら、これってこういうこと? と詳細が聞こえたときがあった。ちょうど大学生でも頑張って買える録音制作システムが揃った頃だったので、ストリングスっぽい音をシンセで作ってコピーし始めました。2010年代になってやっと彼のスコアも手に入ったので、答え合わせもできましたよ。

江﨑:冨田さんのストリングス・アレンジは、耳コピから始まったんですね。すごい。

冨田:自分の耳で確かめることの大切さは、母に教えられましたね。「耳を使え」っていうのを何度も聞かされた記憶があります。その時は、はいはい、くらいに(笑)思っていたけど、割と良いこと言ってたんだなと今は思う。

江﨑:耳を使って考えたスコアをスタジオでレコーディングするときは、何に重点を置いていますか?

冨田:スタジオで生で聞いた音が、スピーカーから出た音で再現できているかどうかを聴きます。演奏そのものはもちろん、スタジオの広さや天井高を感じられなかったらマイクの位置、種類を変えてみたり。スピーカーふたつのステレオ空間で、スタジオで体感した音場を詳細まで再現できるように工夫する。

江﨑:スコアを書いてからは、スタジオで聴こえた音を再現する方向を目指されるんですね。最近、あえてアナログ感を強調して、弦の擦れ音を入れるアーティストもまた増えてきていますよね。

冨田:そういうオンマイクでのリアルな録り方って、ビートルズの「エリナー・リグビー」が最初だったんじゃないかな。当時は、ロックミュージシャンが弦を入れると「ムード・ミュージックに堕落した」って批判されたらしいんです。だから、ポップソングじゃなくてロックであると主張するために、擦れ音をいれたようなロックな弦を録ったんですね。それがひとつの型になっていったんじゃないかな。

江﨑:なるほど。僕もレコーディングなどで弦楽器の生音を聴くことは多いのですが、実際には綺麗じゃない音がたくさん出てるんですよね。弦楽器って結構ノイジーで。

冨田:コンサートでは、その演奏ノイズとも言える音が大勢集まって、有機的な倍音として響いたりするのが生楽器のいいところだと思います。打ち込みでは倍音のヴァリエーションも限定的だから。

音楽は数学と一緒。

江﨑:曲の構造の部分で、クラシックを参考にするときってありますか?

冨田:そうですね。クラシックはすべての西洋音楽の基礎と言っていいからね。音楽家としては、その基礎からどう逸脱するかということも大事だけれど、耳で聞いて「正しいな」と思うことは、実は伝統的な手法に基づいていることも多いんですよね。

江﨑:正しさとは、どういうことでしょうか?

冨田:最終的に自分が納得できる音楽になったとき、まったく意識していなかった部分でも伝統的なフォーム(形式)やインターバル(ふたつ以上の音程の距離)を自然に踏襲していたりとかね。

江﨑:一周回って基本の理論に戻ってくるんですね。

冨田:そういえば「音楽は数学と一緒」っていうのも母親がよく口にしていましたね。初歩的なポリリズムみたいな、リズムに関しての発言が中心だったけど、各セクション間での小節数の関係は大事、みたいなことも言っていました。

江﨑:一定の様式美というんですかね。僕の場合、そこに尊敬もあるのですが、決まった形を組み合わせるというのが少し苦手で。昔からレゴブロック的な、基本形が定められているものが苦手で、紙とハサミとノリで自由に物を作りたいタイプの子供でした(笑)。

冨田:分かるかも。僕も子どものときは、古典派のクラシックは始まったら最後までだいたい流れが分かってしまう音楽だと感じていて、そこに楽しみを見いだせなかった。それ以降いろいろなジャンルの音楽を吸収して、自分で音楽を作り続けてきたいま、古典的な音楽構造に納得させられている。不思議だね。

江﨑:ソナタ形式とか、そういうことですか。

冨田:そうだね、そこまで厳格ではないし、ポップ・ミュージックの場合1コーラスの中での提示、展開と、時間軸も短くなるんだけど。ひとつのモチーフを発展させることの重要性は、最近改めて感じています。まず初めにテーマがあって、その後ハーモニーや楽器編成を変えて展開させていく。ポップスでも、Aメロ、Bメロと展開する中でフォルムの関係性があるとか、ひとつのモチーフをセクションで少しずつ変えて展開していたり、​​最後のセクションでは共存できるような構造になっていたりすると、達成感があるんです。

江﨑:クラシックって、多重構造の中でものすごく緻密に設計されてるんですよね。

冨田:そうだね。そして時代が進むにつれ展開、再現部での手法も複雑になって、結果として、淡さや曖昧さなど微妙な表現が可能になっていったんだと思う。その辺になるとジャズとの関係性も聞こえてきますよね。僕が音楽を作るとき、理論的にはジャズをベースにしていますが、編曲にはクラシックの緻密なパズルの要素が必須になります。これらが両立できたとき、ポップ・ミュージックとしてうまくできたと感じます。

江﨑:なるほど。今年冨田さんがリリースされた「MAP for LOVE」(*10)も、ベースはジャズなのに、クラシックっぽさも感じます。ミュージカル音楽のようにも聴けますよね。単純に歌い手が変わるというだけでなく、全体の構造がそう感じさせているのかもしれない。

冨田:まさにあの曲は、Bメロで「タララ〜ラ〜ラララ~」というモチーフがキーを変えて繰り返されたり、シンガーが入れ替わりながら同じフレーズを歌っていたり。他の人にもミュージカルっぽいって言われましたよ。

江﨑:「MAP for LOVE」は、WONKの長塚がシンガーで参加させていただいているので、12月16日に冨田さんにゲスト出演いただく予定の「WONK’s Playhouse」で演奏するのもいいかもですね。

冨田:長塚さんが一人で全役歌ってくれるかな(笑)。いずれにしろ「WONK's Playhouse」楽しみです。

僕が込めた、クラシック的ひと工夫。 text by 冨田ラボ

クラシックにおける基礎的な音楽理論の理解は大前提としての話ですが、楽曲の土台となる構造をコード(和音)で把握、説明しやすいのがジャズ、ポピュラー・ミュージックだと考えていて、僕の制作物の90%以上はそれに当てはまります。でもたまに、最初にコードを規定せず、複数のラインのインターバルやタイミングの変化を軸として作曲を進めるものがあり、それらはクラシックっぽいかも知れません。結果的にはどんなものでもコード・ネームをつけられますが、ラインで作曲したものをコードで解釈して演奏すると別曲のようになってしまいます。

MAP for LOVE」 / 冨田ラボ
本文中で文武さんが言及してくれた曲。文中にあるようにソング・フォームもそうですが、イントロ、Aセクションの3つ目の和音がクラシック的な響きだと思います。コード・ネームでは G7/C と表記できるけど、音源にある積みで弾かないとこういう響きにならず、コード・ネームで演奏した場合、ほとんどすべての演奏家はこの積みにはしません。コード単体ではなく、小節内の内声の動きからできた和音ですが、縦で切り取っても破綻のない美しい響きだと思います。

MIXTAPE」/ 冨田ラボ
冒頭から0:48 まではコードを想定せずラインの動きで作曲しましたが、もともとはオラトリオ的な合唱曲でした。それをピアノにアダプトしてリズム・セクションを加えています。

false dichotomy」/ 冨田ラボ2013年
2013年『Joyous』収録 。0:29〜0:44 はラインでの作曲です。指定箇所前後も響きとしてはクラシカルですが、そちらはコードで規定した作曲。作曲手法の異なる小節が隣接する場合には、コードの機能と的確なヴォイス・リーディングに注目して作業します。そうするとシームレスにつながります。シンセ・サウンドなので解りづらいかも知れないですが、文中で「12音技法を用いた」と述べたサントラには、このセクションの管弦演奏を含む vers. が収録されています。

一角獣と処女(おとめ)」 / 松井優子
全体的にはジャズ理論で作曲されていますが、ブラジルの作曲家ヴィラ・ロボス(Heitor Villa-Lobos)の影響も大きいので随所にコーダルではない瞬間があります。なかでも、 3:51〜3:55 はバルトークから「運命」といった感じ(笑)。確か2006年制作だったので、エグベルト・ジスモンチに凝っていた頃でもあります。

注釈
*1 T.O.C Band・・・冨田恵一の下に若手実力派ミュージシャンたちが集結したスペシャルバンド。石若駿、角田隆太(ものんくる)、江﨑文武(WONK, millennium parade)らが参加。2017〜2019年の「TOKYO LAB」でパフォーマンスを行った。

*2 バルトーク・ベーラ・・・ハンガリーの作曲家、民族音楽学者、ピアノ奏者(1881―1945)。ハンガリー民謡や古典音楽、20世紀初頭の新技法を融合した独自の作風で、現代音楽をリードする存在となった。

*3 《管弦楽のための協奏曲》・・・1943年にバルトークが作曲した、5つの楽章からなる管弦楽曲。バルトークの最高傑作のひとつ。

*4 『音楽の詩学』・・・イーゴリ・ストラヴィンスキーによるハーヴァード大学での講義録。日本語版は、笠羽映子・訳。未来社・出版。

*5 モーダル・・・コード進行よりもモード (旋法)を優先して音楽をつくる技法。

*6 アルノルト・シェーンベルク・・・ オーストリアの作曲家、指揮者、教育者(1874- 1951)。 無調音楽の先駆者のひとりで、「十二音技法」という理論を打ち立てた。

*7 「十二音技法」・・・20世紀始め頃、シェーンベルクによって提唱された無調音楽の作曲技法。作曲家によって決められた、平均律の半音階12音による音列で構成する。

*8 『作曲の基礎技法』・・・シェーンベルクによる作曲の教則本。日本語版は、ストラング、スタイン 編。山縣茂太郎、鴫原真一・訳。音楽之友社・出版。

*9 クラウス・オガーマン・・・ドイツの編曲家、指揮者、作曲家(1930 - 2016)。ビリー・ホリデイ、フランク・シナトラなどの作品で知られる。

*10 「MAP for LOVE」・・・2021年4月に冨田ラボがリリースした楽曲。長岡亮介(ペトロールズ)、長塚健斗(WONK)ら9人のシンガーがゲストボーカルで参加。開催中止となったライブイベント<TOKYO M.A.P.S>に出演予定だった一部アーティストたちと共に、リモートワークで曲を制作した。

text / Mami Wakao photo / Eichi Tano