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#2 甲斐雅之(N響フルート首席奏者)|大人になっても魅了され続けている一節。

はじめてクラシック音楽の豊かさを教えてくれた曲、プロの音楽家を志すきっかけになった曲、壁にぶつかった時に立ち戻る曲。N響で活躍する楽員一人ひとりには皆、それぞれ大切にしている1曲があります。連載「あの名曲、この一節」では、毎回N響メンバーが思い入れのある曲の1フレーズを生演奏し、その曲にまつわるエピソードをお届けしていきます。
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第2回となる今回は、フルート首席奏者・甲斐雅之がリムスキー・コルサコフ作曲、《交響組曲『シェエラザード』》を演奏します。「シンドバッドの冒険」でもお馴染み『千夜一夜物語』(アラビアンナイト)をベースとしたこの曲は、子どもの頃に聴いて以来、ずっと彼を魅了し続けているとのこと。聴けば聴くほどハマってしまうその思いを語りました。

※このコンテンツは音声でもお楽しみいただけます。

<甲斐雅之の一曲>
リムスキー・コルサコフ《交響組曲『シェエラザード』》

ミリー・バラキレフやモデスト・ムソルグスキーらと共に「ロシア5人組」(*1)と呼ばれたニコライ・リムスキー・コルサコフが、1888年夏に完成させた交響組曲。『千夜一夜物語(アラビアンナイト)』の語り手であるシェエラザードの物語をテーマとしており、『スペイン奇想曲』や『ロシアの復活祭』序曲と並ぶリムスキー・コルサコフの代表作です。独奏ヴァイオリンによるシェエラザードの主題が全章にわたって展開され、彼女が語る波乱万丈なストーリーをドラマティックかつロマンティックなサウンドスケープとして仕立て上げているのが特徴です。日本での初演は1925年4月26日に歌舞伎座における「日露交歓交響管弦楽演奏会」。戦前期の日本では難曲とされ、この曲を指揮したことがある朝比奈隆は当時「マーラー級の大曲」と評したこともありました。

アニメのサントラのような、ドラマティックな展開が魅力の『シェエラザード』。


これから演奏する曲は、ロシア出身の作曲家リムスキー・コルサコフによる交響組曲『シェエラザード』の一節です。『千夜一夜物語』(アラビアンナイト)に登場する語り手の名前を冠するこの曲は、舞台となる中近東の旋律を取り入れた哀愁あふれる雰囲気が印象的です。僕自身は最初、曲名のカッコよさに惹かれてこの『シェエラザード』を聴き始めたのですが(笑)、ドラマティックな展開や多彩な楽器の使い方、長いヴァイオリンソロなど、聴けば聴くほどその魅力にハマっていきました。子どものころ、『アラビアンナイト シンドバットの冒険』という『千夜一夜物語』を下敷きにしたアニメが放送されていましたが、そのサウンドトラックとして流れていそうな音楽というか。『千夜一夜物語』のあらすじなどを少しでも知っていると、より楽しめる曲なのではないかと思います。

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ヴァイオリンがメインの組曲ではありますが、木管楽器も随所でフィーチャーされています。今演奏した部分は、その中でも比較的長いソロパートですね。激しい踊りを表現するセクションの直後に登場するフレーズで、ここではハープと弦楽器をバックにそっと語りかけるような演奏をしています。譜面には「poco meno mosso」(今までよりも少し遅く)としか記載されていないのですが、以前ウラディーミル・フェドセーエフ(*2)さんがN響で指揮をされたときに、「とにかくここは静かに。ガラスとか割れてしまうものを大事にさわるかのように演奏してください。ただテンポをゆっくりするだけではなく、静かに舞い降りてくるように演奏をしてください」とおっしゃっていたのがとても印象に残っています。このパートを演奏すると、いつもあの時のフェドセーエフさんを思い出しますね。

まるで小鳥がさえずっているような、可愛らしい音色がフルートの魅力。

僕がフルートを始めたのは確か、小学校4年生の頃だったと記憶しています。授業でアルトリコーダーを扱うようになり、そのときに当時流行っていたアニメの主題歌などを器用に吹いていました。それで親が「もっと本格的に楽器を習わせよう」と思ったらしく、アルトリコーダーの次にマスターすべき楽器を一緒に探してくれて、最初はフルートではなくクラリネットに興味を持ちました。「クラリネットをこわしちゃった」という童謡で馴染みがあったし、当時は金管楽器より木管楽器の暖かい音色が好きだったのだと思います。

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ただ、近所にはクラリネットを教えてくれる教室がまったくなくて。どうしようと思ったとき、たまたま近所にフルートの先生が住んでいることがわかり、習うことにしたんです。リコーダーやクラリネットのような縦笛とは違ってフルートは横笛だし、最初は何度吹いてもまったく音がならなかったんですよ。それが1、2ヶ月経った頃にある日突然吹けるようになって、自分の中で「手ごたえ」というか、「達成感」のようなものがあってどんどん好きになっていきました。まるで小鳥がさえずっているような、可愛らしい音色も気に入ったし、おそらくフルートは自分にとって最も相性の良い楽器だったのかもしれないですね。もしあのときクラリネット教室が近くにあったら、きっと今頃はここにいなかったかもしれない(笑)。そう考えると不思議ですよね。

クラシックコンサート初心者の方は「予習」がおすすめ。

「クラシックのコンサートへ行くと、2時間黙って座って聴くのが辛い」とおっしゃる方は多いと思います。でも、例えば一つの交響曲を壮大な物語というか、一冊の小説を読んでいるような気持ちで向き合ってみると、少しは感覚が変わるのではないでしょうか。すぐに理解出来たり、気に入ったりしなくてもいいから、時間をかけてゆっくり紐解いていくといいのかなと思います。

今はネットでいくらでも情報が手に入りますから、その日の演目を前もって調べて聴いておくのもおすすめです。お気に入りのフレーズなどを見つけておいて、それがコンサートの中で登場する瞬間をワクワクしながら待つと、楽しさも倍増するんじゃないかなと。もちろん、前情報抜きで最初から生のコンサートを浴びる醍醐味もあるし、楽しみ方は人それぞれだとは思いますが。とっつきにくさ、堅苦しさを感じている人には「予習」してみてはいかがでしょうか。

注釈
*1 ロシア5人組・・・19世紀後半のロシアで民族主義的な芸術音楽の創造を志向した作曲家集団。
*2 ウラディミール・フェドセーエフ・・・ソ連・ロシア出身の指揮者(1932- )。1974年からモスクワ放送交響楽団(現チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ)の音楽監督および首席指揮者を40年を越え長きにわたり務めている。日本への来日も多く、自らのオーケストラを率いての来日公演を多数行ってきており、N響とも2013年の初共演以来定期的に共演している。

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text / Takanori Kuroda photo / Hiromi Kurokawa

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