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【号外】クラシック音楽の話をしてみよう。|Yaffle × 江﨑文武

明日9月9日から、N響の新シーズンが開幕する。1927年からはじまった定期公演は、コロナ禍で中止を余儀なくされながらも、今年12月に第2000回目を迎える。そんな節目ともいえる今年度の定期公演は、どのようなラインナップになっているのか。開幕に先駆け、ポップミュージックシーンで活躍するYaffleさんと江﨑文武さんをお招きし、クラシックをルーツに持つお二人の視点から、注目の公演、気軽にコンサートを楽しむコツ、そしてクラシック音楽の現在地について語ってもらった。

僕たちと、クラシック音楽の関係性。

江﨑:Yaffleさんと初めてお会いしたのは、僕が東京で初めてバンドで出演してギャラをいただいたライブで、Yaffleさんたちと対バン(*1)した時なんですよね。2013年にWONKを結成して、3年ぐらい経った頃だったと思います。

Yaffle:信じられないくらい狭いハコで、演者の方が多かったんじゃないかという思い出が(笑)。それで昨年、「TOKYO M.A.P.S」(*2)で対バンすることになって再会したんですよね。

江﨑:同世代のかっこいい先輩としてYaffleさんのご活躍をずっと拝見していましたが、今年初めに〈ドイツ・グラモフォン〉(*3)から出たYaffleさんのアルバム『After the chaos』も拝聴しました。今、J-POPのど真ん中にいらっしゃる方がこういう作品を書かれるんだと、すごく新鮮で。Yaffleさんのインタビューも読んだのですが、そこで初めてクラシックのルーツがしっかりあることを知ったんです。

Yaffle:お互いに「クラシックがルーツで同じだ!」なんて思っていたわけではないですからね(笑)。僕は、藝大を出てジャズもできるというのが江﨑さんの最初の印象でした。そこから、クラシック、ジャズ、ポップス……と、ボーダーレスに活躍していることを知ることになったんですけど。

江﨑:Yaffleさんは、楽器はピアノから始めたんですか?

Yaffle:そう、ヤマハ音楽教室みたいなところでしたね。

江﨑:僕も同じです(笑)。中学からはジュニアオーケストラに入ってピアノをやっていました。

Yaffle:オーケストラに、ピアノで!

江﨑:九州の田舎のジュニアオーケストラだったので、受験のタイミングでごっそりメンバーが抜けちゃう関係で、その年はホルンがいないとか、ファゴットがいないとか、そういうことが起きるんですよ。だから、オーケストラスコアを前に置いて、「今日は、トランペットとコントラバスの穴埋めをピアノでやる役割」みたいな。それで中学の時に、能動的にクラシックを聴き始めた感じです。

Yaffle:僕は、高校では吹奏楽部、大学ではビッグバンドをやっていたのですが、高校の時にめちゃくちゃクラシックのオタクな友達がいたんですよね。それで、「作曲家を志すならこれを聴け」ってちょくちょく視聴覚室に連れ込まれて(笑)。「あ、すげーな」と思う曲に出会ったりもしたので鮮烈な思い出ですね。その友達がしょっちゅうコンサートに行っていて、一緒に連れて行かれたりもして。当時のN響の定期公演には1,000円というすごく安いチケットがあったのでよく聴きに行っていました。

江﨑:僕は、地元の九響(九州交響楽団)に触れることがぎりぎりできるくらいで、プロのオーケストラをたくさん聴くことはあんまりできなかったから、高校の時から定期的にコンサートへ行っていたのは羨ましいです。九州までプロのオーケストラが来るって、そんなに多くないんですよ。

Yaffle:いいものを聴きに行くというよりも、ただ連れ回されてた感じなんですけどね(笑)。で、その時に初めて思ったわけではないけど、クラシックのコンサートってなんだか褒めなきゃいけない雰囲気みたいなものがあるよな、と。

江﨑:どうしてもありますよね。

Yaffle:例えばフェスとかだったら、「なんかこのバンドいいよ、見ようよ」とか「あ、俺はいいや」とか、もうちょっと気軽というか、やっぱりクラシックとは違うと思う。

江﨑:途中で会場を出たっていいですしね。

Yaffle:そもそもJ-POPって“良い音楽”として聞いてないですよね。「どんなもんだろう」と思って聞いたら「あ、良かったな」という感じというか。クラシックは素晴らしいと言わないといけないような雰囲気があるけど、僕の場合、友達とそうやって「どうだった?」「よかったな」「ちょっと今日は微妙だったな」という話がポンポン出てくるような環境だったんで、自分も入っていきやすかったんだと思う。

江﨑:それはすごくいいですね。褒めなきゃいけない雰囲気の中にいると、自分が好きかどうか、心地いいとか嫌いとか、そういう軸じゃないところで音楽を聴いちゃうから。ちなみに、僕が子どもの頃にN響に持っていたイメージというのは、九州に住んでいたこともあって、『N響アワー』をテレビで見るか、大河ドラマのクレジットで見かけるものという感じでした。Yaffleさんはどうですか?

Yaffle:オーケストラによって、同じ曲を演奏しても本当に異なるものですが、僕にとっては高校の時に初めて聴いたオーケストラがN響だったということもあって、自分の中の一つの基準になっていると思います。

*1 対バン・・・複数のバンドやミュージシャンが出演する、ライブイベントの形式。

*2 「TOKYO M.A.P.S」・・・J-WAVEと六本木ヒルズが主催する音楽、アート、パフォーマンスが融合したイベント。2022年はYaffleがプログラム・オーガナイザーを務めた。

*3 〈ドイツ・グラモフォン〉・・・1898年12月に円盤レコードの発明者であるエミール・ベルリナーにより設立された、世界で最も長い歴史を持つクラシック音楽のレコードレーベル。

定番か、情熱的か、あの曲の元ネタか。
今期N響の定期公演ガイド。

2023-24年 N響定期公演プログラム一覧はこちら

江﨑:今日は、N響の2023-2024年の定期公演プログラムを見ながらいろいろ話してみようという趣旨の対談です。僕は、演奏曲のラインナップから特徴がわかるなんて言えるわけではないのですが。

Yaffle:強調しておきますが、僕も批評家のように聴いてきたわけじゃまったくないです(笑)。

江﨑:井上道義さん(指揮)のショスタコーヴィチ(*4)は思い出があって。中学生の時だったと思うのですが、運動会の練習後に、井上さんが九州交響楽団で指揮したのを聴きに行ったんですよ。運よく席が前から2列目だったのに、炎天下の練習後だったこともあり、途中で寝落ちしてしまって、井上さんに「ショスタコーヴィチはつまらない?」と言われまして(笑)。

*4 Aプログラム 2024年2月3日(土)18:00〜(詳細)/2月4日(日)14:00〜(詳細

Yaffle:それはドキッとしますね(笑)。

江﨑:恥ずかしいけどいい思い出ですね。ショスタコーヴィチの何番だったかまでは覚えてないのですが、当時の自分にはやっぱり難解だったんだろうなと思います。

Yaffle:そうやって思い出と結びついた印象の強い曲があること自体が、クラシックへのとっかかりになるんじゃないかなとも思うんだけど、クラシックにあんまり親しみがない人におすすめするなら、どういう見方がいいんだろう? やっぱり派手な曲は入りやすいし、大編成ものはオーケストラらしさが出やすいと思うのですが。……今年12月の2000回目の公演で演奏されるマーラーの交響曲第8番《一千人の交響曲》(*5)は、ファン投票で選ばれたって、すごいですね。これは僕も聴きたいな。ある意味、人気ということは聴きやすいということでもあると思うので、初めての方にもおすすめじゃないかなと思います。

*5 Aプロクラム 2023年12月16日(土)18:00〜(詳細)/12月17日(日)14:00〜(詳細

江﨑:N響の推しの公演なので注目度も高そうですね。僕は、作曲家としてスクリャービンがすごく好きなんですよね。やっぱり和音がすごいといつも思う。学生時代もよく聴いていたし、弾いたりもしていました。だから、来年6月の公演(*6)は楽しみです。ピアノの反田恭平さんは同世代としても尊敬する人で、ご自分でオーケストラの運営もやっていて、いろんな意味でシーンを変えようとしているのが素敵だなと思っています。指揮は原田慶太楼さん。若い感覚の二人でいいですね。

*6 Aプログラム2024年6月8日(土)18:00〜(詳細)/6月9日(日)14:00〜(詳細

Yaffle:そうなんですね。まだお二人の演奏は聴いたことがないので僕も行ってみたいです。作曲家で言うと、僕はラヴェルが大好きです。凄まじいまでのオーケストレーションは聴くたびに圧倒されます。《左手のためのピアノ協奏曲》(*7)は、第一次世界大戦で右腕を失ったピアニストのパウル・ヴィトゲンシュタインのために書かれた超絶技巧曲。戦火からの再生に寄り添ったとも言えるこの曲をこの時代に聴くことは、とても意義深いと思います。

*7 Cプログラム2024年6月14日(金)19:30〜(詳細)/6月15日(土)14:00〜(詳細

江﨑:僕もラヴェルはすごく好きです。《マ・メール・ロワ》(*8)は本当に美しい曲で、バンドで曲を作る時に参考にしたこともあって。《スペイン狂詩曲》(*9)も一発で引き込まれると思う。イタリアやフランスの南部とスペインはまた違った雰囲気があるのですが、情熱的なのが好きな方におすすめしたいです。あとは、ワーグナーの《ニーベルングの指環》(*10)も聴きたいな。オペラで聴いたらものすごい時間がかかりますけど、これはもう少し気軽に聴けるんじゃないかなと思います。

*8 Aプログラム2024年1月13日(土)18:00〜(詳細)/1月14日(日)14:00〜(詳細
*9 Bプログラム2024年2月14日(水)19:00〜(詳細)/2月15日(木)19:00〜(詳細
*10 Cプログラム2023年9月15日(金)19:30〜(詳細)/9月16日(土)14:00〜(詳細

Yaffle:僕は定番ではないものを聴きたくなっちゃうタイプで。ドイツ、フランスものではないという意味で言うと、フィンランド出身のシベリウスは、厳寒な大地と節制と葛藤、そこにロマンティシズムが感じられるとても好きな作曲家です。《交響曲第1番の第4楽章》(*11)は本当に美しい。

プログラムにある曲は、マエストロのファビオ・ルイージが選曲しているものもあるんですね。僕はコンサートでも曲自体ではないところに注目したりもするのですが、指揮者のマネジメント力ってすごいと思うんですよね。ソリストとかもブッキングするわけだし。そうやって、プロデューサー視点で見るのも面白いんですよ。

*11 Bプログラム2023年11月15日(水)19:00〜(詳細)/11月16日(木)19:00〜(詳細

江﨑:なるほど。指揮者って、突然関わりのない組織体に投げ込まれて、それをまた組織としてまとめ上げていくわけだからすごい力量ですよね。

Yaffle:指揮者によって演奏はすごく異なりますよね。特によく演奏される古典なんかは、あまりに有名だからこそ、いいのか悪いのかなんとも言いづらいところがあると思う。だからこそ「推し」みたいな自分の好きな指揮者を見つけて、その人の公演を聴きに行くというのもいいかもしれません。

国別に聴き比べると、行きたい公演が見つかる?

江﨑:定番のクラシックというと、やっぱりベートーヴェン(*12、*13)とかブラームス(*12、*14、*15)あたりでしょうか。いわゆるドイツものが人気なのかなと。

*12 Bプログラム2023年10月25日(水)19:00〜(詳細)/10月26日(木)19:00〜(詳細
*13 Bプログラム 2024年1月24日(水)19:00〜(詳細)/2024年1月25日(木)19:00〜(詳細
*14 Aプログラム 2024年4月13日(土)18:00〜(詳細)/2024年4月14日(日)18:00〜(詳細
*15 Bプログラム 2024年5月22日(水) 19:00〜(詳細)/2024年5月23日(木)19:00〜(詳細

Yaffle:国別の特徴はありますよね。僕はイギリスものが好きなんですけど、エモいロマンチックなメロディーをたっぷり、みたいなところが特に(笑)。

江﨑:わかるかもしれない(笑)。ドイツの曲というのは、グリッド上で作られる音楽にもちょっと近い感じで、リズムとかも縦でちゃんと切られていて、理路整然とした構造をしている。形式に則って作ることが美しいとされている印象が強いです。個人的には、そういったはっきりしたものがあんまり好きじゃなくて、にじんでいる、曖昧なところがある、というものが好きなんですよね。車とかプロダクトのデザインは圧倒的にドイツものが好きですけど(笑)。

Yaffle:現代のドイツ音楽でも形式っぽさは受け継がれている気はしますよね。イギリスはロマンチックだし、北欧はエモさもあって、ドイツが構造主義だとしたらフランス系はそのカウンターみたいなイメージで。

江﨑:面白いですね。

Yaffle:あと最近よく思うのですが、戦後の日本の音楽って聴きすぎてもう自分の血になってるから違和感がなかったけど、ふと冷静になった時に、なんだこれっていうかっこよさがあるなと。あんまりハーモニーを作らないような特徴があるんですよ。例えば「君が代」にしても、ハモるようなものではないですよね。みんなで一つの同じメロディーを歌うという日本らしさがあるというか。そうやって国によって異なる要素を見ていくのは結構面白いです。

僕らから見た、クラシック音楽の現在地。

Yaffle:教養の一つとしてコンサートホールに聴きに行くのは当たり前という認識がクラシックにはありますよね。それゆえに知識がないといけないんじゃないかとか、綺麗な服装をして行かないとダメなんじゃないかとか、ハードルが高いと思う。

江﨑:そうですよね。ベートーヴェンとかバッハと言ったらクラシックの作曲家だってみんな知ってますが、だからこそ間違ったことを言ったらいけないような雰囲気があると感じます。

Yaffle:ちょっと飛躍しますが、昔だったら、今で言うJ-POPのような大衆向けのものをお金持ちの人や大企業の社長さんが聴くなんて公言しなかったと思うんです。でも、今は時代が変わってきていて、TikTokでバズっている曲を知っていたっておかしなことじゃなくなってる。だから、クラシックだけではないですが、ハイカルチャーとして扱われていたものに危機感が生まれているというか、需要のあり方が変わってきていると思う。そこでやっぱり言いたいのは、「まあ、いいかどうかちょっと確かめてやろう」くらいの気持ちでクラシックコンサートにも行ってみて、なんだか調子いいぞという感じだったら、続けてみる。そんなふうに接してみたらいいんじゃないかなと思うんですよね。

江﨑:みんなが手元にあるスマホでコンテンツを消費するようになって、これがハイカルチャーでこれがローカルチャー、というような境界が薄まっていると思います。だからイベントをやるにしても、運営サイドがさまざまな工夫を凝らさなければならない時代でもありますよね。

Yaffle:うんうん。N響でも以前とは違った試みをしているから、今は面白いと思う。とは言っても、僕も自分がクラシックを聴きに行く時は、まだどこか構えてしまいますが(笑)。

江﨑:ポップスなんかは、「あのボーカルの人、イケメン!」とか、そういうところから入っていくことだってありますよね。ちなみに、フランツ・リスト(*16)はクラシック音楽史上最強のイケメンとして知られていて、それで人気だったという話があるほどで。

*16 フランツ・リスト・・・ハンガリー出身のピアニスト、作曲家(1811-1886年)。ドイツやオーストリアで活躍。

Yaffle:イケメンが書いた曲だって想像しながら聴いたら、楽しいかもしれないですね(笑)。最近、とにかく敷居を低くしようとする動きが多かったりするけど、そこまでせずとも、こう、難解だとされているものをいい具合に中間で伝えてくれるものがあるといいなとは思います。

江﨑:ジャズ・サックス奏者のファラオ・サンダースが、DJでプロデューサーのフローティング・ポインツと、ロンドン交響楽団と一緒に『Promises』(2021)というアルバムを作っていたり、あと、イギリスのロックバンド・レディオヘッドのギタリスト、ジョニー・グリーンウッドが、ロンドン・コンテンポラリー・オーケストラと一緒にやっていたりしますが、クラシックと他のジャンルがうまく繋がっている感じがしていいなって。そうやってオーケストラと一緒にやる企画ってあまり多くないかもしれないですね。

Yaffle:日本のミュージシャンではパッと浮かばないかもしれない。

江﨑:そういえば、6月にサントリーホールのN響の定期公演を聴きに行ったんですが、ヴァイオリンの庄司紗矢香さんが弾くレスピーギの《グレゴリオ協奏曲》がものすごくいい曲でびっくりしました。庄司さんはもう本当にうまくて、曲へ没入しているというか、憑依していると言えばいいのか。精度と密度をもって、完全に自分の世界を作り込んでいってらっしゃるワールドクラスのアーティストだなと改めて思いました。それと、イッセイミヤケの服だと思うのですが、ワイドパンツでふらっと登場する感じもまた素敵だったんですよね。

Yaffle:確かに、奏者の衣装によって印象はかなり変わるかもしれないですね。

江﨑:そうなんですよ。コム・デ・ギャルソンのセットアップを着て演奏している海外のオーケストラをYouTubeで見たことあって、超かっこいいなと思ったんですけど、あんまり日本でそういうのは見たことがないかも。

あと、街とか映画で聞いたことはあるけど、作曲家の名前もタイトルも知らない曲って意外とたくさんあるんじゃないかなと思う。クラシックにあまり馴染みのない人にとって、どの公演を選んだらいいかわからないという気持ちはよくわかるので、それを公演で紐付けることができたらいいですよね。

Yaffle:先ほども言いましたが、僕は基本的にクラシックを聴きに行くのって、「いいか悪いかはわからないけど、ちょっと聴いてみるか〜」とか、お酒飲んで帰るぐらいの気持ちでもいいんじゃないかなと思うんですよ。気分転換のような気軽な感じで。寝てしまっても、気持ちいいんだから悪いことじゃないですよね。

江﨑:そうそう、寝るのは安心して聴ける心地よい演奏である証拠。N響では、25歳以下の人に向けた800円なんていうチケット(詳細)があるんですね。これなら気軽に行けるんじゃないかな。

Yaffle:漫喫でぼーっとする代わりに行ったらいいくらい安い!

江﨑:コンサートホールって空調も効いているし居心地もいい空間だし、とにかくまずは試しに行ってみようと思ってもらえたらいいですね。

text / Shiho Nakamura photo / Shintaro Ono