#2 ハープってどんな楽器? 現代音楽と通じる知られざる音色。
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“琴線に触れる”を体現した、ハープという楽器。
早川りさこ(以下、早川):今日はN響の練習場においで下さってありがとうございます。ずっとお会いしたいと思っていました。
ウエスユウコ(以下、ウエス):こちらこそありがとうございます。初めて入りましたがすごい空間ですね。壁がギザギザしていて音がよく響きそう。
早川:普段はオーケストラ80人くらいで演奏している場所なんですよ。さて、ウエスさんが今日お持ち下さったのはどんなハープですか?
ウエス:アメリカのリーズハープというメーカーから出ているハープシクルハープ(*1)という名の、33弦の小さなエレクトリックアコースティックハープです。ストラップをつけると立って弾けるので、野外フェスなどで使っています。中にピックアップが内蔵されているのでアンプに接続し、スピーカーを通して演奏できるんですよ。早川さんのハープはどんなものですか?
早川:アメリカの楽器会社・ライオン&ヒーリーのスタイル23(*2)という、一般的なグランドハープ(47弦・7本ペダルのハープ)です。指で弦を弾くと、その時の自分の心がそのまま音で返ってくるような気がするんですよね。オーケストラ楽員としてお客さまのために演奏するのはもちろんなのですが、実は自分のために演奏している部分も結構あって。
ウエス:すごく素敵な話ですね。タッチ・マイ・ストリング、日本語で言うところの“琴線に触れる”という言葉が思い浮かんできました。ハープは共鳴板も身体に近いから、演奏していると音がダイレクトにお腹に響いてきますよね。
早川:身体に密着している楽器ですもんね。あと、ハープはさまざま形に変わる楽しさがあります。曲や指揮者によってハープに求めることが違って、水や空気、香りのような要素になったかと思えば、ベースと一緒に大事なリズムを担うこともあって……。1人何役もやらせてもらえる楽器だと気づいてから、ハープの面白さにどんどんはまっていきました。
ウエス:まさにそうですね。私もいろんな音を出そうと試みています。ハープ自体、スチールや鉄、ナイロンやガット、いろいろな素材で構成されている楽器なので、触り方によって「こんな音がするのか!」という驚きがある。多様な音が出るということこそがハープなのである、と思っています
クラシックと<んoon>に通じる特殊奏法
ウエス:私もハープを始めた頃はクラシック曲を中心に演奏していたのですが、中学生の時にビョーク(*3)を聴いて、実験音楽を漁り始め、ジーナ・パーキンス(*4)やロードリ・デイビーズ(*5)など、変わったハーピストたちの音楽に出会い、見様見真似で私もやってみようと思ったのが今のスタイルに至るきっかけです。
早川:<んoon>のライブ映像を拝見しましたが、弦を止めるミュートの奏法をたくさんされていてすごくかっこよかったです。ハープってふんわりやわらかい音をイメージしますが、ミュートすると、その響きもちょっと残りつつ、シャープな音が同時に出ていて。シャボン玉がぽんって消えて、そこに残像が残る、みたいなイメージです。それをリズミックにうまく入れていらっしゃるのがとても効果的だなと思いました。
ウエス:ありがとうございます。「Freeway」という曲でミュート奏法を使っていますが、ハープはいくらでも音が響き続ける楽器なので、リズムを出したい時はこの奏法を使っていかに音を切るかということをかなり意識しています。
早川:この奏法、難しいんですよね。クラシックだと、たとえばストラヴィンスキーの《火の鳥》(*6)に使われています。ハープの弦をすぐに掴んで止める作業が結構大変なんですけど、ウエスさんはいとも簡単にやってらっしゃって、とてもしびれました。ちょっと特殊奏法的な音を出してみましょうか。現代曲はとくにちょっと変わった奏法をすることが多く、その1つがハープの弦の上部を弾くというもの。それから弦をはじいたあとにその上部を押したり引いたりしてビブラートをかけたり……。
早川:あとマーラーの《交響曲第3番》や《交響曲第6番》で出てくるのですが、ギターのピックなどを使って、ちょっと琴のようなシャープな音を出したりね。
ウエス:マーラーでそういう曲があるのは知らなかったです!
早川りさこが選ぶ、自分を鼓舞し幸せに浸れるクラシック曲。
早川:今日好きな曲として選んだのは、ラヴェル作曲の《マ・メール・ロワ:妖精の園》です。とくに弦楽器だけで演奏される冒頭の13小節があまりに美しくて、いつも幸せに浸っています。美しい天国のような雰囲気が漂ったあとに6個のハープの音が入るのですが、天国から現実、地上に戻るような瞬間をイメージして弾いています。でも、指揮者によっては「この雰囲気を続けて」という棒を振られる場合もあったり、「空気を明らかに変えて」という意思を見せる時もあるので、今回はハープに何を託されるのかなと楽しみにしつつ、責任重大な役目を感じる部分でもあって。そしてその6個の音が終わると、ものすごくキラキラしたチェレスタと管楽器が重なり、ここでしか聴けない! って音が聞こえてくるんです。
ウエス:すごく素敵です。音の響きとハーモニーと、弱くて柔らかい音がとても体に染みる感じがします。
早川:もう1曲選んできたのが、ラフマニノフの《ヴォカリーズ》。これは自分のために弾く代表曲で、その時の自らの気持ちを反映して、心を癒してくれるとても好きな曲です。でも、ハープで弾くと一音一音ペダルを上げ下げしないとならず、演奏の動作がとても多いため、曲の転調についていくのが難しいんですよね。ウエスさんはどんな曲を選ばれましたか?
ウエスユウコさんが選ぶ、独特な奏法でリズミカルな現代音楽。
ウエス:私は3曲選んできました。1曲目はジーナ・パーキンスの「Mouse」。ハープのスチール弦を何かでリズミカルに叩く音から始まる衝撃的な出だしの曲です。そこから段々とハープらしい中高域の音が入ってくるのですが、一般的なイメージのハープの音というよりはかなり現代音楽的な幅広いアプローチの即興演奏を楽しめる楽曲です。実際に本人がどういうふうに音を出してるかまだ見たことないのですが、チューナーキーを使って弦を縦方向にスライドさせたり叩いたりする奏法が好きです。私のチューナーキーは木と金属でできているのでちょうどいい感じに音が鳴るんですよ。金属だけのものだともう少し硬い音がすると思います。
早川:私たちハーピストはこまめにチューニングをしなきゃいけないので、チューニングキーは肌身離さず持っている必需品ですね。
ウエス:よく見失って「どこだっけ?」と探してます(笑)。
早川:ハーピストあるあるですね(笑)。
ウエス:2曲目がピート・ロックの「Fly Till I Die」。これは、中学生の時にかなり影響を受けたヒップホップの曲なんですけど、トラックメーカーであるピート・ロックが、AKAI MPCという機材を使ってレコードからハープの音をうまくサンプリングしているんです。ハーピストではない彼の新鮮な目線で“ハープのいいところ”が切り取られていると思います。流れるように音を上げ下げするグリッサンドではなく、中低域の弦をオクターブでバンと弾いた、少しお腹にくるようなキレのある音や、共鳴板の鳴りの残響をうまく削って再構成していて、とてもおもしろいです。
ウエス:最後が、H.E.R.の「Focus」。音源はハープの音がシンセサイザーで打ち込まれているのですが、ライブではハーピストが演奏していて。打ち込みの音をフィジカルで再現するのにはどうしても限界があるのですが、それをどう演奏するかというおもしろさがあります。私も耳コピしながら「どうやって音の連打を出そう」とか「ここのチューニングを変えちゃおうかな」とかいろいろ試しながら楽しんでいる曲です。
ハープはジャンルレス。
“ライブ”で体感してほしい生の振動。
早川:全部面白そうですね。ウエスさんが機械やコンピューターで作られた音をなんとか自分で出せないかと挑戦されているところに共感します。私はハープをあまりジャンル分けして考えたことがなくて。クラシックの曲のなかでもポップスの要素を取り入れたほうが上手く弾けることがありますし、ジャンル関係なくハープがどういうかたちで曲に貢献できるかという発見をしたいと思っているんです。そういう意味で、ウエスさんが演奏しているハープのスタイルと共通点しかないなと感じています。
ウエス:そうですね。ハープは、いわゆる“ハープらしさ”みたいなところやジャンルを超えて、いろいろな音が出るポテンシャルの詰まった楽器。早川さんがおっしゃる、ムードや情景の表現も、機械的なものからフィジカルへの表現というボーダーを超えられることも、共通点ばかりだと思います。そして、スピーカーでは再現できない音の振動を身体中で感じられることが、ハープだけでなくクラシックコンサートの1番の魅力であり、醍醐味です。クラシック音楽をこれから楽しまれる方は、私がやっているバンドとはまた違った、生音の振動を身体中で浴びて感じていただけたらと思います。
早川:アコースティックでもアンプを通してでも、ライブで空気の振動をそのまま感じていただければ非常に嬉しいですよね。ハーピストとして、たとえば温かみのある音でもどういう気持ちの温かさなのかとか、出す音にものすごくこだわりを持って弾きわけているつもりです。最初はそこまで聞きわけづらいかもしれないので、何度も通っていただきながらハープに限らずすべての奏者のスペシャルな音を楽しんでもらえればと思っています。
text / Aiko Iijima photo / Tomohiro Takeshita