#3 村松龍(N響ヴィオラ奏者)| 弾き手として感情を掻き立てられる一節。
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#3 村松龍(N響ヴィオラ奏者)| 弾き手として感情を掻き立てられる一節。

はじめてクラシック音楽の豊かさを教えてくれた曲、プロの音楽家を志すきっかけになった曲、壁にぶつかった時に立ち戻る曲。N響で活躍する楽員一人ひとりには皆、それぞれ大切にしている1曲があります。連載「あの名曲、この一節」では、毎回N響メンバーが思い入れのある曲の1フレーズを生演奏し、その曲にまつわるエピソードをお届けしていきます。
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第3回目はN響のヴィオラ奏者、村松龍の一曲をご紹介します。弾き手の「感情」を引き出す楽器であるヴィオラの魅力とは? 作曲家によっても扱い方の異なるヴィオラの奥深さを語りました。

※このコンテンツは音声でもお楽しみいただけます。

<村松龍の一曲>
グスタフ・マーラー 《交響曲第1番》 第四楽章

主にオーストリアはウィーンで活躍した作曲家、グスタフ・マーラーによる最初の交響曲。1884年から1888年にかけて作曲され、もともとは交響曲ではなく「2部からなる交響詩」として初演時は演奏されましたが、1896年の改訂に伴い、本人の最初の意向通り第四楽章からなる「交響曲」として以降は演奏されるようになります。演奏時間はおよそ1時間。マーラーの交響曲の中では比較的短い作品ですが、それまでに彼が作り上げていた様々な旋律や曲の断片を組み合わせるなど、20代半ばの若きマーラーの全てが詰まった集大成ともいえます。その中には彼が当時思いを寄せ、結局は失恋に終わったソプラノ歌手ヨハンナ・リヒターをモチーフにしたとされる歌曲集『さすらう若者の歌』(1885年完成)の旋律も含まれていました。副題の「巨人」は彼の愛読書、ジャン・パウルによる長編小説のタイトルが由来で、後に「聴き手のイメージを曲解させる恐れがある」との理由で本人により削除されました。が、今なお「巨人」という名で知られるドラマティックかつ壮大な交響曲です。

演奏していていつも「幸せ」を感じるのは、ブラームスの「ヴィオラソナタ」です。

これから演奏するのは、マーラーによる《交響曲第1番》第四楽章の一節。ヴィオラがとても目立つところです。今回は、「思い入れのある曲」を紹介してほしいとのことでしたが、実をいうとヴィオラを演奏していて特に「いいな」と思う作曲家は、マーラーよりもブラームスなんですよね(笑)。ヴィオラという楽器はソロを取る曲がほとんどないのですが、ブラームスには「クラリネットソナタ」を本人の手によってヴィオラ用に編曲された「ヴィオラソナタ」があるんです。数少ないヴィオラソロ曲の中でもブラームスのソナタは本当に美しくて、弾いているときにはいつも幸せを感じています。

ブラームスは生涯で4つの交響曲を作曲しており、個人的には第2番がお気に入り。他の交響曲が激情的であるのに比べると、2番はとても牧歌的で聴くと心癒されます。特にメイン主題が始まるまでの冒頭部分のメロディがとても好きなのですが、残念ながらそこはヴィオラがお休みで。いつも他のパートを聴いているだけなんですよね。なので今回は、「ヴィオラが目立つ曲」という観点からマーラーをセレクトしました。ちなみに私がN響アカデミー生時代、初めての演奏会で披露したのはブラームスの交響曲第4番でした。とても緊張したのを覚えています。実際の演奏がどうだったかはほとんど覚えていないのですが(笑)。

ヴィオラは人間の「感情」に近い楽器。弾く人によって鳴り方も変わってくる。

さて、そのマーラー《交響曲第1番》ですが、全体を通すとおよそ1時間。彼の手による交響曲の中では比較的短い楽曲ですが、シンバルの強烈な一撃で始まる第四楽章は非常に激しい展開で知られる最終章です。ヴィオラの出番は、前半の嵐のような演奏が一旦落ち着き、ヴァイオリンによる美しい旋律が導くとても静かな世界に力強く割り込む形で訪れます。ここ、ヴィオラがとっても目立つところなので毎回緊張しながら演奏していますね(笑)。

ブラームスとマーラーでは、ヴィオラの扱い方も全く違います。「情景を奏でるメロディ楽器」とヴィオラを捉えているように感じるブラームスに対し、マーラーは「限界を超えた音」をヴィオラに求めているというか。わざと汚い音を入れたり、ヴィオラ本体を弓の持ち手で叩いたり、いわゆる「特殊奏法」を駆使して感情の起伏を表現することが多いんです。

よくチェロは「人間の『声』に近い楽器」といわれますよね。それでいうとヴィオラは「人間の『感情』に近い楽器」で、それこそが魅力だと僕は思っています。人間の感情には、きれいな部分もそうじゃない部分もある。ヴィオラも透明な音からガサガサした音まで様々な表現ができるし、弾く人によっても「鳴り方」が違ってくるんですよ。ヴァイオリンやチェロのような、華やかなスター性はないかもしれないけど、弾き手の感情を引き出すところに大きな魅力を感じていますね。

さまざまな感情が詰まったクラシックコンサートは、映画を観るような気分で楽しみたい。

クラシックのコンサートって「正装で行かなければならない」とか、「咳もしてはいけない」とかそんなイメージを持っている方もいらっしゃるかも知れませんが、全然そんなことないです。普段着で観に行って、心地よくなったら居眠りしてしまってもいい。さすがにイビキをかくと他のお客さんのご迷惑となりますが、どうか構えずに観にいらしてほしいです。僕自身も、人の演奏会へ行って居眠りしてしまうこともありますし(笑)。ロックやポップスのコンサートのような、ずっと熱狂が続く雰囲気ではないけど、そこには喜びや悲しみ、怒りなどさまざまな感情が詰まっていますので、映画を観るような気持ちでリラックスして楽しんでもらえたら嬉しいです。それに、同じ楽曲でも演奏する人によって全く印象が変わるので、クラシックに慣れてきたらそういう違いも楽しんでみてほしいですね。

text / Takanori Kuroda photo / Hiromi Kurokawa




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