#2 ブロムシュテット(N響桂冠名誉指揮者)|「互いを尊重し合うことが、オーケストラという奇跡を生むのだ」
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#2 ブロムシュテット(N響桂冠名誉指揮者)|「互いを尊重し合うことが、オーケストラという奇跡を生むのだ」

名演が生まれる瞬間、ステージの中央に立ち全身を使ってタクトを振るうのが指揮者です。この連載では、N響にゆかりのある世界的な3人の指揮者が登場し、その仕事の裏側や醍醐味、そして彼ら一人ひとりが愛を注ぐクラシック音楽の魅力について、ポップミュージックを中心にジャンルを超えて活躍する音楽家たちから集めた5つの質問をもとに紐解いていきます。
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第2回となる今回は、1986年よりN響の名誉指揮者、2016年より桂冠名誉指揮者を務めているマエストロ、ヘルベルト・ブロムシュテットに質問を投げかけます。90歳を越えた今もなお世界中で活発な演奏活動を行っており、その活躍から数々の名誉博士の称号を与えられている巨匠が、若い音楽家のために様々なメッセージを贈ってくれました。


<質問したミュージシャンと答えた指揮者>

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Question1

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子供の頃の音楽教育というと、ピアノやヴァイオリンが真っ先に思い浮かびますが、「指揮」から習い始めるというのは周囲でもあまり聞いたことがありません。どのタイミングで指揮者になろうと志したのか、その理由などをお聞かせください。

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私は幼い頃からヴァイオリン、オルガンを学び、オーケストラの演奏会を聴いて過ごしました。特に学生時代の5年間は毎週2回のペースで演奏会に足を運び、楽員1人1人の名前をすべて暗記するほど地元のオーケストラを崇拝していたことを覚えています。そう、彼らは私のアイドルだったのです。次第に私は、毎日弦楽四重奏を演奏し、オルガンでバッハの《フーガ》を演奏し、毎週日曜日にバッハの《カンタータ》を演奏することを夢見るようになりました。しかし、私は何よりも演奏された音楽とその作曲家が好きだということに気づき、ストックホルム王立音楽院の3年生の時、オーケストラの指揮者になろうと決意します。それから現地の管弦楽団のリハーサルを聴く機会と、素晴らしい客演指揮者の方々から学ぶ機会を得ました。

音楽的天性を伸ばすためには、才能を伸ばしてくれる教師の指導のもと、練習を積み、「厳しい道のり」を歩まなくてはなりません。もちろん、はじめからオーケストラで練習すれば、充実した経験を積むことができるでしょう。しかし現実的には不可能です。オーケストラを雇うためには1時間何千ドルもの経費がかかりますし、初心者のために10年間毎日8時間も演奏をしてくれません。ですから解決策は自分が選んだ楽器で練習することなのです。音楽から求められることはとにかく膨大ですが、楽器には限りない忍耐力があります。そしてそれに見合う努力をするのはあなた自身なのです。ピアノや弦楽器、管楽器などの幅広く、多種多様な曲目が網羅できる楽器で経験を積むことが最適だと思いますが、どの楽器を弾くかはさほど大きな問題ではない、と私は思います。


Question2

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本番前のルーティーンや、精神統一のためのちょっとした習慣など、本番で最大限の力を発揮できるよう、欠かさず行っていることがあれば教えてください。ちなみに私は、近ごろだと、海で拾った貝殻をポケットに忍ばせています。

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演奏会直前にするおまじないはありません。しかし、集中力を最大限にするためのルーティンはあります。例えば、演奏会の3時間前からはインタビューを受けませんし、電話もかけなければ、手紙もEメールも書きません。気が散ることはすべて避けるようにしています。また、1時間は睡眠をとるか、少なくとも横になります。そしてパンを一切れ食べ、水をコップ一杯飲み、そして演奏会場へ向かいます。指揮者の服へ着替えると、指揮台に立つ準備が整います。

私は基本的に2つの理念を持っています。1つめは可能な限り周到な準備をすることです。そのために何週間も何ヶ月も、場合によっては何年も熱心に勉強する必要があります。私は初回のリハーサルまでに楽譜をすべて頭に入れています。それは私の音楽への敬愛、そして作曲家の方々と熟練したオーケストラ楽員の方々に対して私が抱く尊敬の念からです。2つめは肉体的、精神的に最良の状態に維持することです。つまり良き食習慣を維持し、有害なものは避ける。十分に体を休め、十分な運動をする。そうすることで、目の前にある仕事に集中することができます。これが私の基本的手段なのです。


Question3

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本番中に起こったハプニングなどがあれば、その時の対処方法と合わせて教えていただきたいです。ちなみに僕はライブ中、演奏に没頭するあまり自分の手足と心が乖離するような錯覚を感じたことがあります。自分がコントロールしている感覚は無く、音楽に反応して勝手に手足が動いているような感覚です。

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10人の管楽器奏者によるアンサンブルで、モーツァルトの楽章の多い《ディヴェルティメント》を暗譜で指揮していたときのことです。次の楽章は弱拍(*1)で始めようと思った瞬間、私は別の楽章を思い浮かべていたことに気づきました。それは衝撃的な瞬間でした。というのは、奏者たちはそのような合図ではその楽章を演奏することができないからです。しかし私はすぐに切り替えて指揮を続けたので、私の戸惑いに聴衆は誰も気づきませんでした。

また、何年も前のことですが、オランダ・アムステルダムのコンセルトヘボウ(*2)で、演奏される機会が少ないモーツァルトの《ピアノ協奏曲》を素晴らしいピアニストと演奏しているときに、最終楽章でこのソリストが急にフレーズを忘れたことがありました。私は「ソロの演奏がなくてもほとんどの聴衆は気づかないであろう」と願いつつ、オーケストラだけで演奏を続行しました。1分間くらいはやや単調な響きでしたが、その後ピアニストが記憶を取り戻し、堂々とした形で演奏を終えることができました。後になって彼には脳腫瘍があったことがわかり、悲しいことに1年後に亡くなりました。


Question4

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オーケストラは、ビジネスなどその他の社会的な組織とも通ずる点が大いにあると考えています。トップ指揮者としてさまざまな一流オーケストラを率いてきた経験から、チームのパフォーマンスを最大化するコツなどがあれば教えてください。

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オーケストラでは芸術的に莫大なことを求められます。10数人あるいは100人ほどの演奏家全員が一糸違わず完璧に一緒に演奏をすること自体、簡単なことではありません。リズムが合うというだけではなく、同じ音質とフレージング(*3)、そして正しいスタイルで演奏するというのはまさに奇跡なのです。
この奇跡を可能にしているのは、楽員同士がお互いの音を聴き合っているからです。しかしそれは私たち指揮者が音を統制していて、ある楽器の音を強調し、他の楽器の音は抑えてという指示をしているからこそ、大きなステージ上でも互いに音を聴き合うことが可能となるのです。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンの古典的曲目では、この点が最も難しいことであり、そしてそれを行うためには入念な学習が必要です。

音楽とは関係のない社会的な組織でも、オーケストラと同様に、同僚の言うことに耳を傾け、互いに良いところを学び合えば、チームとしての能率を高めることができるはずだと思います。


Question5

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ポピュラー音楽のシーンでは、ミュージシャンがレーベルから独立したり、テクノロジードリブンな組織体で活動を始めたり、あるいは新たなテクノロジーを駆使して作品を制作するなど、商いの面でも音楽表現の面でも、CDの発明以来の変革期にあります。ヘルベルト・フォン・カラヤン(*6)は写真・映像・CDなど、果敢に新しい媒体における表現にも挑戦した指揮者ですが、オーケストラの「顔」でもある指揮者にとって、これからの時代に必要とされる音楽以外の素養は何でしょうか。

Answer5

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200年前の西欧クラシック音楽(*5)は、まだ一つの様式でしかなく、ほとんど変化のない同じようなものでした。それが今日では20あるいはそれ以上のスタイルがあり、それを短時間でマスターできるよう心がけなくてはなりません。それはつまり、私たちに要求されることが増えているということです。もちろん、若い音楽家はこれらすべてをマスターするよう心がけることが理想ではありますが、自分が潜在的に持ち合わせている芸術的能力を最大限引き出すためには、これらのうちの1つか2つの分野に集中すれば良いのです。それが今日、バロック音楽、ベートーヴェンの《弦楽四重奏曲》、ブルックナーやマーラーの《交響曲》、民族音楽、ジャズの即興、現代に書かれた交響曲など、ある部分に特化したアンサンブル(オーケストラ)がこれほどたくさん存在する理由なのです。

ですから、若い音楽家の方々への私からの助言は、徹底的に基本のトレーニングを行ない、自分は音楽のどの部分がもっとも好きか、自分の才能を最大限活かせる部分はどこかがわかった上で、その分野を専門にするべき、ということです。


注釈
*1 弱拍・・・英語ではアップビート。拍子の拍のうちの弱い部分のこと。2拍子の2拍目、3拍子の2拍目と3拍目など。指揮棒においては下から上にあげることから「上拍」とも呼ばれる。対義語は「強拍」(下拍、ダウンビート)。

*2 コンセルトヘボウ・・・オランダ・アムステルダムにあるコンサートホール。1888年4月開館。ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の本拠地として使用されている。

*3 フレージング・・・旋律をフレーズに分けること。音楽を演奏するにあたり重要な要素のひとつ。一つの旋律でもフレージングによっては異なったニュアンスになる。

*4 ヘルベルト・フォン・カラヤン・・・オーストリア出身の指揮者(1908-1989)。20世紀のクラシック音楽界において、最も著名な人物のひとり。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の終身指揮者・芸術監督を34年間務めた。

*5 200年前の音楽・・・音楽史では古典派音楽の時代。ソナタ形式などに代表される合理的で整然とした形式が発展した。その後クラシック音楽はロマン派、印象派などの近代音楽、現代音楽へと発展していく中で、様々な様式や表現方法が拡大していくことになった。


<質問者プロフィール>

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