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#1 楽器のサイズは違えど、演奏時の思いは同じ。

担当する楽器が違ったり、年齢が離れていたり、はたまたオーケストラの端と端に座っていたり。心理的にも物理的にも近くて遠い距離にいる楽員同士が対談する企画「N響×N響」。記念すべき第1回は、フルート/ピッコロ奏者の中村淳二とテューバ奏者の池田幸広が登場。オーケストラの管楽器の中で最も小さくて高音のピッコロと、最も大きくて低音のテューバ。その演奏者である2人の考え方やこだわりには、どんな共通点や違いがあるのでしょうか。

低音、高音だからこそ、全体の調和を大切に。

──お二人は普段、交流がある方ですか?

中村淳二(以下、中村):実は家が近いんですよね。N響メンバーの中で一番近所なんですよ(笑)。

池田幸広(以下、池田):車で5分くらいの距離。電車でも、わりとすぐのところに住んでいるから「飲みに行こうよ」なんて話をしていたんですけど、コロナ禍になってしまったので、いまだ実現していなくて。年の差は10歳くらい? 特にジェネレーションギャップも感じないかな。子育ての話をよくしているしね(笑)。

中村:お子さんが大学生くらいでしたっけ。うちの子どもは小学生に上がるくらいなので、相談じゃないけど子どもの話はよくしていますよね。あとは近所の美味しいお店情報を、Google マップでラベル付けてもらって共有したりして。

池田:あとはゲームの話だよね。そう考えると普段、音楽の話とかはしたことないです(笑)。

──お二人が、現在の担当楽器を選んだ経緯を教えてもらえますか?

中村:もともと僕はヴァイオリンを弾いていたんですよ。3歳から始めて高校2年生までやっていました。フルートを始めたのが中学1年の頃だから、両方かぶっている時期もあったんです。ヴァイオリンはやっぱり難しく、だんだんフルートの方が楽しくなってきちゃったので(笑)、そっちに移行しました。ピッコロをよく吹くようになったのは大学生の頃ですね。

池田:そうだったんだ。

中村:はい。フルート奏者は持ち替え楽器として特にセカンドフルート奏者は必ずピッコロを兼任するんですけど、先輩が「吹きたくない」と言い出して(笑)。ピッコロって音程が取りにくい楽器で、音を外すと目立つからよく怒られるんですよ。それで先輩から「1年生のお前がやれ」みたいな感じで押し付けられたのがきっかけ。でも僕は得意だったみたいで、大学に入ってからもよくオーケストラでピッコロを吹くようになっていったんです。2010年から2014年まで名フィル(名古屋フィルハーモニー交響楽団)にピッコロ奏者として所属し、そのあとN響に入って今に至ります。

池田:僕は中学1年で吹奏楽部に入ったとき、本当はサックスがやりたかったんですよね。でもご覧のとおり、体格が良いので「テューバをやりなさい」と顧問に言われて。ゴネてみたのですが、「じゃあ肺活量を測ってみましょう」と言われて保健室に連れていかれ、測ってみたところ中1にして4300ccを叩き出したんです。

中村:あははは。

池田:顧問の先生より肺活量があり、「君にしかできない」と言われて嫌々始めたのがテューバとの出会いです。なので最初は嫌いでしたね。でも、のちの師匠が開催していたテューバの講習会へ行ったとき、この楽器がどれほどオーケストラにとって重要な楽器であるかを実演してくれたんです。つまり、オーケストラの中にテューバがある演奏とない演奏を、実際の演奏で聴き比べさせてもらったんですね。そこで、どれだけテューバが重要な役割を担っているのか実感して。そこから責任感のようなものが生まれ、好きになっていきましたね。でも、僕からしたら、ピッコロは羨ましい以外ないですよ。

中村:え、なんでですか?

池田:だって主旋律を奏でる楽器だし、キラキラしてて派手だし目立てるじゃん(笑)。テューバは縁の下の力持ち的な役割が強いので、花形の楽器に憧れるんですよね。ほら、もともとサックスがやりたかったから。

中村:あははは、そっか。でも基本的に僕はあんまり目立ちたくないタイプなんですよ、あんな楽器を吹いているくせに。プリンの上に、ちょこっと乗っかっている生クリームくらいのスタンスでいいんです。あんまりクリームが多すぎると美味しくなくなるじゃないですか。そのさじ加減を、演奏時もちゃんと考えたいなといつも思っていますね。

池田:それに比べると、テューバが目立つ曲って大抵吹くの怖いからな。

中村:なんだろう。《新世界》(*1)とか?

池田:目立ちますね、あれは。9小節しかないですけど。

中村:あれは本当に、吹いていて怖いだろうなと思う。和音で動いていて、メンバーによっても音程感が違うだろうし。ホールによって響き方も変わりますよね。僕からすると、テューバ奏者は演奏レベルの高い方が多い印象です。オーケストラの中でも枠が少ないぶん、その世代のテューバ奏者の中でもピカイチの人しかオーケストラに入団できない。どこのオーケストラへ行ってもすごいレベルの人ばかりですよね。フルートなんて、大体5人くらいずつ在籍しているからオーディションの案内も割とこまめにある。入団するチャンスもそれだけ多いんです。

池田:ああ、そこは確かに羨ましい。テューバの場合、一度枠が決まっちゃうと10年はその人1人が独占してしまうからね。だから、入りたいオケがあっても一生入れない可能性もあります。例えば僕が辞めない限りN響にはテューバの空きがないので、今大学を卒業して「N響に入りたい!」と思っているテューバ奏者は、しばらくN響を受けられないんです。その人が新卒の22歳だとして、47歳の僕がもし60歳まで続けるつもりでいたら、次の空きが出る13年後には35歳になっちゃうんですよ。

中村:ちょっと気が遠くなりますね……。

──ところで、演奏する時に意識していることや大切にしていることはなんですか?

中村:僕は「調和」です。さっきも言ったように、目立ち過ぎず引っ込み過ぎず、オケの中でいいバランスで鳴るようにはいつも心がけていますね。ピッコロって、目立ったら目立ったですごくうるさいし、いないと今度は違和感があるというか、輪郭がぼやけてしまうんですよ。その輪郭線をうまいこと描くのがピッコロの役目だし、そこは常に大切にしています。

──その輪郭の描き方は、オーケストラによっても変わってきますか?

中村:変わりますね。例えばN響の場合、テューバやコントラバスなど下で支えてくれる楽器がものすごくしっかりしているので、そこに乗せていくピッコロのような楽器は多少大きくてもちゃんとバランスよく聞こえるんです。

池田:僕も中村さんと同じで「調和」を大事にしていますね。ただテューバの場合、ピッコロと違って「繊細さ」よりも「メリハリ」が重要です。例えば、テューバが目立たなければいけないシーンでは思いっきり吹かなければならないし、逆に目立ちたくない時は、どれだけアンサンブルの中に潜り込めるかが肝になるんです。しかもコントラバスやチェロなどと一緒に動く時など、僕の中で「ここはコントラバスが前面に出て、僕はサポートに回ったほうがいいだろう」とか、「ここはテューバが誰よりも前に出て、ブラッシーに芯をぐわっと入れた方がいいのかな」とか、曲によって優先順位が変わってくる。そういう切り替えも常に考えていますね。

──お二人とも常に周りの音を聴いて、そのバランスで自分の音を決めているのだなということがよく分かりました。

中村:それはもう、どの楽器でも同じだと思います。オーケストラの一員である以上、他の楽器の音を聴いていないとえらいことになる(笑)。

池田:まずは我々演奏者が、自分たちの考えるバランス感覚で演奏してみて、それに対して指揮者からのリクエストに答えて修正を加えていく感じです。

中村:N響にはピッコロ奏者が3人いますが、3人の中でも「プリンの上の生クリーム」が、ちょっと大きめの人、中くらいの人、小さい人がいて。美的感覚みたいなものは個人でも違ってきますしね。

──そこをまずオーケストラ内で調整し、さらに指揮者と合わせながら最終的なバランスを取っていくわけですね。

池田:その通りです。

中村:指揮者の中にも、厳しい人とそうでない人、いろいろなタイプがいますよね。シャルル・デュトワとか、木管楽器に対しては恐ろしく細かい(笑)。僕の場合はもう、ご飯が喉を通らなくなるくらい悩みました。およそ1ヶ月で体重が4、5キロ減りましたからね。

池田:すごい、「デュトワ・ダイエット」だ(笑)。でもほんと、デュトワの出す音って他の指揮者では絶対に出せないものなんですよね。

中村:そう。バランスの取り方が神がかっているんですよ。

──ところで、普段はどんな音楽を聴いているのですか?

池田:え、どうだろう……音楽聴いてる? うちは音楽、聴かないんだよね。

中村:僕も基本的にクラシックは聴かないです。どうしてもそっちに意識がいってしまうので。

池田:わかる。仕事モードになっちゃうよね。自分のパートが追えちゃうから。《新世界》なんて流れたらついつい聴き入ってしまう。

中村:頭の中に楽譜が出てきちゃうし。全然「休憩」にならない。コンビニやホテルのロビーなどで、フルートの曲がかかっているだけでも気になりますから。あれやめてほしい……「誰が吹いているんだろう?」とか思っちゃうし(笑)。それよりはジャズとかSpotifyで流していた方が、まだ聴いていられる。ジャズに入っているフルートとかは全然気にならないんですよ。それも不思議なんですよね。

池田:確かに。

中村:池田さん、降り番(*2)がめちゃくちゃ続く時ってあるじゃないですか。例えばブラームスやベートーヴェンをずっと長いこと演奏している時とか。そのあと久しぶりに演奏するとき怖くないですか? 僕はいつも感覚がおかしくなって、慣れるまでに時間がかかるんです。

池田:わかる。でもそれはね、10年経ったら大丈夫になるよ(笑)。僕も10年前は怖くて怖くて仕方なかったけど、今はもう、感覚が戻るまでにどのくらいかかるかも見当がつくし、それを想定しながら練習してリハで戻していくだけだから。

中村:結構長いですね(笑)。

池田:以前、体調を崩して2週間くらい吹けなかったことがあるんですよ。それはさすがに怖かったですね。2週間吹けなかった穴を、1週間で戻さなければならないスケジュールを組まれた時は「N響、こわ!」と思った(笑)。管楽器って、自分の唇を振動させて音を出すので、2週間も唇を使っていないとガサガサになって振動しないんですよね。音が全く出ない状態からのスタートだから、さすがに最初は焦りました。とはいえ、それまでの経験があるからすぐ落ち着きましたけど。

中村:なるほど、経験値を上げることが大切ですね。10年後の自分を楽しみにしています(笑)。

──ところで、もしまた生まれ変わっても同じ楽器を演奏したいですか?

中村:僕はヴィオラをやってみたいな。中低音に憧れます。オケの完全に真ん中に入る人たち。チェロやヴィオラ。メロディはもういいや。

池田:言ってみたいなあ、そのセリフ(笑)。僕は次メロディが吹きたいけど、トランペットとか目立つのは嫌だな。その点、チェロはいいね。裏に回ったり表に出たりして。

──どの楽器が演奏したいかを、音色の好みではなくアンサンブルの中での立ち位置で選ぶんですね。とても興味深いです。

中村:確かにそうですね。ただ、ピッコロに慣れてるからヴィオラだと重たそうだな……。

池田:テューバに比べれば全然軽いよ?(笑)

注釈
*1《新世界》・・・ドヴォルザーク作曲《交響曲第9番「新世界から」》のこと。テューバの演奏箇所は2楽章の9小節14音のみとなっている。

*2降り番・・・担当楽器の出番がない演奏会のこと。管楽器の編成は曲や時代によって異なり、演奏会で取り上げる曲によっては出番がしばらく無いこともある。ちなみにテューバはベートーヴェンの曲では使われず、ブラームスの交響曲では第2番のみに登場する。

photo / Akari Nishi text / Takanori Kuroda