#1 予測できない展開が、聴き手の想像を掻き立てる。|額田大志×ブルックナー
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#1 予測できない展開が、聴き手の想像を掻き立てる。|額田大志×ブルックナー

長くて難解なイメージを持たれがちなのが、クラシックの楽曲。現在のトレンド音楽のなかにもそのエッセンスは散りばめられていますが、いまいちどんなふうに楽しんだらいいのかわからないという人も多いのではないでしょうか。この連載「名曲の『ココ』を聴こう」では、クラシック音楽にも影響を受けながら、ポップミュージックシーンで活躍する音楽家たちがクラシック曲の聴きどころをピックアップし、その面白さを解説します。
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第一回となる今回は、バンド<東京塩麹>や演劇カンパニー<ヌトミック>などで活躍する作曲家の額田大志さんが、アントン・ブルックナーの《交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンチック」》をひも解きます。従来の型に囚われない表現活動を続ける額田さんが共感したのは、日常生活では意識しない「感覚世界」や目に見えない「何か」を音に込めようとしたブルックナーの姿勢でした。

<解説する曲>
アントン・ブルックナー《交響曲 第4番 変ホ長調『ロマンチック』》
指揮:ファビオ・ルイージ
管弦楽:フィルハーモニア・チューリヒ

ベートーヴェンが《交響曲第9番》、シューベルトが《弦楽四重奏曲第14番『死と乙女』》を書いた1824年、オーストリアで生まれたブルックナー。子供時代から音楽の才能を発揮し、補助教員や修道院のオルガニストを経て、リンツ大聖堂の専属オルガニストに。その後、ウィーン国立音楽院の教授をしながらオルガニストとして大成。1874年に書き上げ、作曲家としてその名を知らしめたのが《交響曲 第4番 変ホ長調『ロマンチック』》です。完成後、本人の意思や周囲のすすめによって何度か大幅に改訂されています。

<教えてくれた人>

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聴くならば、イヤフォンよりもスピーカーで。

この曲をきちんと聴くのは今回が初めてだったのですが、正直最初は理解するのが難しくて(笑)。ですが、何度も聴いているうちに、意外とシンプルなことを繰り返していると気づきました。ただ、そこにこそブルックナーの創作欲求、作曲家としての欲望が詰まっているのだと思います。

ヘッドフォンとスピーカーで聴き比べてみたのですが、スピーカーのほうが音楽体験として圧倒的に良かったです。今親しまれている音楽の多くはイヤフォンやヘッドフォンで聴くことが想定されていると思うんです。たとえば、人気の音楽ユニット<YOASOBI>のように日常的な出来事を描いた音楽は、みんなで聴くよりも、1人で聴くほうが音楽体験として合っていると感じます。逆に、ブルックナーの音楽はイヤフォンで聴くと狭く感じてしまうんですよね。

ブルックナーは敬虔なローマ・カトリック教徒だったこともあり、神的な存在や自然、とてつもなく大きい何か、掴みきれないほど広い世界を描こうとしたんじゃないかと思います。そして、時代的に録音技術が発達していないので、コンサートホールでの演奏を想定してこの曲を書いたんだろうなとも想像しました。音に包まれることができるような空間で聴くと、より素晴らしい体験ができると思います。

Point1:第一楽章 00:00~02:50
覚えづらい複雑な主題も、その繋ぎが面白い。

※第一楽章をここから聴く。

冒頭からの、とにかく口では歌いづらいような主題が特徴。そのフレーズがまた出てくるポイントが9:50~と16:50~などで、ここにいたるまでの展開をいかに楽しめるかが第一楽章のポイントだと思います。ポップスだと、多くの場合わかりやすいメロディや1番、2番、Aメロ、Bメロといった流れがありますが、クラシック曲には決まった流れを把握するのが難しい曲もあります。この曲では主題と主題までの間の「繋ぎ」をいかに面白くするかで試行錯誤しているのがいいなと思いました。

第一楽章を聴いていて感じるのは、やっぱり目に見えないものや日常に存在しないものをなんとか音楽に昇華させようとしたんだなということ。僕自身も作曲家として、あまり個人的なことよりも、自分ですらわからないものに手を伸ばしながら音楽を作ることに魅力を感じています。逆に、例えばベートーヴェンはものすごく個人的な出来事から音楽を作っていると言われていて、ブルックナーとは異なる作曲家だと思いました。かの有名な《交響曲第3番『英雄』》はナポレオンの即位、《交響曲第5番『運命』》は難聴を自覚してきたことから……、すごく個人的な経験から作曲された音楽です。

Point2:第四楽章 00:00~03:15
パワープレイに急な一時停止。独特な音の動きに注目を。

※第四楽章をここから聴く。

第四楽章はまさに、複雑そうに聴こえるけれど、やっていることや技法はシンプル。ただ、その構成やコードの展開による時間感覚の作り方が独特です。中盤はユニゾン(複数の楽器で同じ旋律を演奏すること)で全部の楽器を鳴らすパワープレイや、楽章の途中で急に曲が止まってまた始まる急展開など、すごく動きがあります。曲調も、聴いているほうが疲れてしまうんじゃないかと思うほど(笑)、明るく激しい。「なんでそこでそういくの?」という意外な展開の連続なんです。おそらくブルックナーは、お客さんや演奏者のことを意識せず、本当に自分の書きたいものを書いていたのでしょう。それが曲の突拍子もない展開に強烈に表れていると思います。

そういう聴き手の感情をあまり気にしていないところに、僕はすごく共感します。僕の場合、<東京塩麹>でやっている音楽がポピュラーなものではないという自覚は持ちつつも、以前はそれをポピュラーな文脈や視点で聴いてほしいと思うところがありました。でも、それはある種お客さんを信頼していなかったのかと思った時期もあります。ブルックナーも目の前にいるお客さんに向けてというより、「空間」や「音楽そのもの」に対して奏でていて、「わからなさ」がある音楽なんです。だから聴き手は、音に身を任せるだけでなく、時に能動的に聴きにいくことも必要なのかなと。僕もブルックナーが生きた時代や本人の人となりなど、いろいろな情報を調べながらこの曲を聴きました。ただ聴くだけでなく、作者にまつわる情報を集めて曲とつなげることで、作者のやりたかったことが断片的に見えてくるのも音楽の面白さだと思います。

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2015年4月22日-23日、サントリーホールで行われた第1807回定期公演にて、N響はブルックナー《交響曲 第4番 変ホ長調『ロマンチック』》を演奏した。指揮はミヒャエル・ザンデルリングが担当。

Point3:第四楽章 06:10~06:40 / 13:10~13:40
いよいよ予測不能な展開に。だからこそロマンチックなのだ。

※第四楽章をここから聴く。

第一〜第三楽章はまだついていけるのですが、第四楽章のこの部分は、とくに聴き手の理解が及ばなくなります(笑)。意図せずに展開していく、自然現象的な音楽と言えるかもしれませんね。でもそれこそが、タイトルが「ロマンチック」たる所以のようにも感じるんです。生きていると予期せぬ出来事が起きるのは当然ですし、人生を想定できる範囲で捉えるのではなく、すごく大きな歴史として捉えているのが楽曲から伝わってきて。人生のダイナミズムとも連動するような気がします。

あまり理解できないものに出会えると、僕は「いいな」と感じるんです。特に自分にはまだない感覚や考え方が作品を通して伝わってきたこの部分が、いちばん面白かったです。むしろここに辿りつくための第一、二、三楽章なんじゃないかと思うくらい。しかも、いろいろ盛り上げておいて、終わり方は案外あっさりしたものなんですよね(笑)。それでいて、まだ本当は曲が続いているような余韻もどことなく感じました。

「予習」をすれば、想像はもっと膨らむ。

クラシック初心者の方は、コンサートに行く前に演奏される演目を予習していくといいと思います。たとえば、日本酒やワインも、事前に知識を入れておくとより楽しみ方が広がりますよね。クラシックのコンサートというと、綺麗で美しいものを聴きにいくという感覚になるかもしれませんが、当時あった出来事やその人の思い描いている点では、現代のポップスとも変わらない。だから、楽しめるとっかかりを持ってからコンサートに行くと、作品をより楽しめるのではないでしょうか。YouTubeで調べるだけでも変わると思います。そして、クラシック音楽は一度ですべてを理解する必要はありません。クラシックの音楽体験とは数時間のコンサートで完結するものではなく、長い時間感覚を扱おうとしているものなんです。僕も今回、何度もブルックナーの曲を聴いたように、長い目で、気負わず楽しんでみてください。

第1943回定期公演 池袋Cプログラム
指揮:ファビオ・ルイージ
東京芸術劇場 コンサートホール
ブルックナー/交響曲 第4番 変ホ長調「ロマンチック」
2021年11月18日(木)開演7:30pm
2021年11月19日(金)開演7:30pm


text / Aiko Iijima photo(Bruckner) / ArenaPAL アフロ

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