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#1 松田拓之(N響ヴァイオリン奏者)|初心を思い起こさせてくれる一節。

はじめてクラシック音楽の豊かさを教えてくれた曲、プロの音楽家を志すきっかけになった曲、壁にぶつかった時に立ち戻る曲。N響で活躍する楽員一人ひとりには皆、それぞれ大切にしている1曲があります。連載「あの名曲、この一節」では、毎回N響メンバーが思い入れのある曲の1フレーズを生演奏し、その曲にまつわるエピソードをお届けしていきます。
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第1回となる今回は、ヴァイオリン奏者・松田拓之がリヒャルト・シュトラウス作曲、《交響詩『ドン・フアン』》を演奏します。難易度の高いこの曲のフレーズは、入団から21年が経った今でも、当初抱いていた初々しい気持ちやチャレンジ精神を奮い立たせてくれるのだそう。

※このコンテンツは音声でもお楽しみいただけます。

<松田拓之の一曲>
リヒャルト・シュトラウス《交響詩『ドン・フアン』》

ドイツの後期ロマン派を代表する作曲家の一人、リヒャルト・シュトラウスが1888年に作曲した交響詩。好色放蕩な美男として多くの文学作品に登場するスペインの伝説上の人物、ドン・フアンを主題としたニコラウス・レーナウの詩に基づき作曲されたもので、冒頭に登場する弦楽器セクションの激しいパッセージが聴き手の心を鷲掴みにします。その後も独奏ヴァイオリンによる美しい旋律や、ホルンの協奏による有名なメロディが登場するなどドン・フアンの心情や物語の上映に合わせたドラマティックな展開が特徴で、クラシック入門編としてもおすすめの楽曲。NHKで放送されていた『N響アワー』のオープニング曲に使用されたこともありました。

弾いても弾いても弾きこなせない、難解な曲。

これから演奏する曲は、リヒャルト・シュトラウスによる《交響詩『ドン・フアン』》の冒頭の部分です。非常に難解ですが、派手なフレーズでもあり、何かヴァイオリンのオーディションがある時に僕は必ずこの曲を演奏しています。もちろん、N響のオーディションでも演奏して何とか合格することができました。正直言って、「好きな曲」というわけではないし、むしろ難しいから弾くのはイヤなんです(笑)。でも、弾いても弾いても弾きこなせないというか、自分自身が音楽的に成熟するに従って、よりその奥深さに気づいていくところもあります。そういう意味でも思い入れや思い出がたくさんある曲ですね。

シュトラウスの楽曲は、聴くと物語の情景が浮かんでくる。

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僕はリヒャルト・シュトラウスという作曲家がとても好きなんです。生前たくさんの交響詩を書いているのですが、どれも物語の情景が浮かぶ作風というか。1曲の中に、ドラマティックな展開からロマンティックな場面などが詰め込まれていつつ、最後はしっかり泣かせる。中学生、高校生の頃からいろんな曲を聴いていましたね。

この『ドン・フアン』は、曲名どおりスペインの伝説上の人物ドン・フアンを主題としたニコラウス・レーナウの詩に基づいた交響詩です。冒頭はドン・フアンが勇ましく突き進んでいく様子を描写していますし、中盤ではヴァイオリンによる美しくロマンティックなソロも出てきます。とても短い曲なのですが、ドン・フアンの物語を把握した上で聴くと様々な情景が浮かんでくるはずです。しかも、最初にお話ししたようにどのパートも非常に難解で技巧的。リヒャルト・シュトラウスの楽曲はどれもそうなんですけどね(笑)。その辺りも注意して聴いていただけると、より楽しめると思います。

クラシックコンサートの魅力は、「数千円で王様や貴族になれる」こと。

クラシックやオーケストラはよく「難解」とか「長い」などと言われますが、聴いてみて直感的に「わ、なんだこれ!」と惹かれる瞬間ってあると思うんですよね。さまざまな種類の楽曲がたくさん存在していますから、どこかに「お気に入り」が必ずあるはずです。例えばモーリス・ラヴェルの《ボレロ》という曲は、同じリズムやフレーズを延々と繰り返しながら徐々に盛り上がっていくんですけど、それはロックやダンスミュージックにも通じるというか。

そういう、これまで自分が聴いてきた音楽との共通点から調べていく方法もあります。今はインターネットでいくらでも調べられますからね。「クラシック」と一言で言っても、クラシックっぽくない曲もある。有名なモーツァルトやバッハを「絶対に聴かなきゃいけない」とか、クラシックは「こう聴くべし」「こう聴かなければならない」なんてルールもないんです。なにせ400年もの歴史がありますから、その全てを知るのは不可能です。僕も含めてクラシックファンは、だいたい好みが偏っていますよ(笑)。

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クラシックのコンサートは、何より楽器の音を、電気を通さず肌で感じることに意味がありますし、こればかりは実際に体験してみないと分からないことだと思います。どれだけレコーディング技術が発達しても、どれだけオーディオ環境が整ったとしても、生音をホールで聴いた時の素晴らしさには敵いません。そう、ホールが演奏をより良くしてくれていると言っても過言ではない。コンサートホールによっても楽器の鳴り方、響き方が全然違うので、それを聴き比べる楽しさもあると思います。

素晴らしいホールで交響曲を聴く体験というのは、昔は王様や貴族しかできなかったわけじゃないですか。今の時代ならその体験を誰もが味わうことができる。数千円で王様や貴族になれるって、すごいことじゃないですか?(笑)


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出演情報
N響ヴァイオリン奏者の松田拓之は、定期公演「池袋Cプログラム」の〔開演前の室内楽〕に出演します。
1日目2021年9月10日(金)
2日目2021年9月11日(土)
※緊急事態宣言の発出に伴い、本公演の定期会員券、1回券の販売は終了しております。

text / Takanori Kuroda photo / Hiromi Kurokawa

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