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#4 ルールと自由の狭間で、トランペットが語る音とは。

「花形楽器」と聞いてイメージする人も多いであろう、トランペット。今回、〈Gentle Forest Jazz Band〉や石若駿率いる〈Answer to Remember〉などで活躍するジャズトランペッターの佐瀬悠輔さんが、N響の首席トランペット奏者・菊本和昭とセッションを実施。トランペットの持つ意外な役割や、ジャズとクラシックにおけるリズムの違い、その演奏の自由度について、盛りだくさんに語り合いました。
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「ミュージシャンたち、N響へ行く」は、普段はポップスのフィールドで活躍するミュージシャンたちが、N響の楽員たちと語らうことで、彼らの視点で、クラシック音楽の隠れた魅力を引き出していく連載企画です。

※このコンテンツは音声でもお楽しみいただけます。

先輩に連れて行かれて20数年。トランペットを始めたきっかけとは。

佐瀬:今日はよろしくお願いします。N響の練習所、初めて来たのですが、めちゃめちゃ大きな建物でびっくりしました。

菊本:数年前に改修工事が行われて綺麗になったんですよ。僕が2003年に初めてここに来た時はどこに来たのかもわからないくらいの外観でした(笑)。

佐瀬:そうなんですね(笑)。トランペッター対談ということで早速なのですが、菊本さんがトランペットを始めたきっかけってなんだったのでしょう?

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菊本:6歳上の姉が、吹奏楽が盛んな中学校の吹奏楽部に入ったことがきっかけのひとつです。父も同じ中学出身なのですが、吹奏楽部っていわゆるやんちゃな男の子たちが入るイメージがあったそうなんです。なので、姉が入部すると言った時に「うちの娘をそんなところにやれん!」と大騒動になって。でも、蓋を開けてみると姉よりも両親が吹奏楽部にのめり込み、僕も「お前も中学生になったら入るんやで」と言われていて入部しました。未だに覚えているんですけど、最初、仮入部の時にホルンを吹いていたんですよ。そしたら2個上の先輩が僕の首ねっこをつかんで「お前はトランペットやな」って連れて行かれて20数年経ちます(笑)。佐瀬さんはどうですか?

佐瀬:僕は小学校にマーチングバンドがありまして、そこの見学行った時にトランペットをやりたいなと思ったのがきっかけです。トランペット、やっぱりかっこよく見えるじゃないですか。それで中学校で吹奏楽部に入り、高校は部活には入らず社会人のビッグバンドに参加し、そこからジャズを始めました。

菊本:すごく健全なストーリー(笑)。

佐瀬:いやいや(笑)。そんな流れで、僕は普段ジャズを演奏することが多いのですが、オーケストラにおけるトランペットってどんな立ち位置なんですか?

トランペットは打楽器的。花形と言われる所以とは。

菊本:一概にオーケストラと言っても多種多様なんです。たとえばモーツァルトやハイドンの曲で求められるトランペットは打楽器的な要素があります。ブラームスの曲だと、「トランペットじゃなくてもよかったんじゃないか?」と思うくらい、あくまで管楽器の一員として書かれていますが、マーラーやリヒャルト・シュトラウスの曲だと、華やかな部分や歌い込む部分を引き出すような役割になってくる。

ただ、僕としては、オーケストラは弦楽器が主導権を握っていると思っているので、弦楽器で構成されている音楽にどんな色をつけるかということがトランペットの役割なんじゃないかと思いながら演奏しています。ジャズの場合はどうですか?

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佐瀬:打楽器的な要素はすごく感じます。クラシックとジャズって共通点ばかりだと思うのですが、あえて違いを言うとすれば、ビートが出ているか出ていないかだと思うんです。たとえばジャズだったらスイング、ポップスやネオソウルだったら16ビートや8ビートの乗り具合をいちばん表現できる管楽器がトランペットなんじゃないかなと。

菊本さんのお話を聞いて、「色彩を加える」ということもすごく共通していると思いますね。現代のジャズって何も決まっていない自由な状態で進行していくことが多いですが、そんな時、トランペットという楽器が「ここに向かってるんだよ」ということを提示して、進行を色づけしていく。そういう意味で花形楽器って言われるんじゃないかという気がしています。

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佐瀬さんのトランペット。

ジャズトランペットは、「1」を膨らませていくように演奏する。

菊本:「自由」って難しいと思います。佐瀬さんの現場がどうかわかりませんが、たとえばクラシックの現場で「明日衣装自由ね」って言われた時の恐怖感ったらないんですよ(笑)。1人だけ全然違う服装だったらどうしようって。「自由」って、そこにセンスが求められるし、流れを読むことでもあると思うんです。それに加えて、インスピレーションが湧いてこないと0から1を生み出すことはできない。クラシックは楽譜に書かれている音をどう演奏するかというところにかかっていますが、おそらくジャズって何もないところに何を描くのか?というところから始まる。すごいことをやっているなあと思います。

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佐瀬:僕の感覚では0から生み出してはいないような気がしていて。コード進行という一種の制約のなかでルールに則って自由にやりましょうっていう感じなんですよね。ジャズにも、より自由なフリージャズというジャンルがあって、それは0から1を生んでいる気がしますが、メインストリームのジャズは、会話のように、1をどんどん膨らませて発展させていくようなイメージです。

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菊本:余談ですけど、僕はすごく校則が厳しい高校に通っていたんです。月一で持ち物検査と頭髪検査があって、前髪は眉毛にかからないように、横と後ろは刈り上げに、っていう。

佐瀬:ガチガチですね。

菊本:ガチガチでしょ。でも、年頃だからやっぱりモテたいわけですよ。だから、ルールのなかでいかにかっこよくするかがおもしろかった。だから今のお話を聞いてジャズにもやっぱりルールがあるんだなって改めてちゃんと認識できました。

クラシックで目指す、自由な演奏とコード進行の関係。

佐瀬:クラシックでも、カデンツァ(*)ってあるじゃないですか。あれは自由にやる人もいればガチガチに決め込んでいる人もいるんですか?

菊本:そこはセンスが表れるんですよね。和音進行の構造を理解したうえで作るか、それを考えずにやりたいことをやってしまうかで、その人のプレイスタイルの深さが図れると思います。決め込んでやる人は、だいたいみんな耳コピか出版されているものをそのままやることが多いですね。

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菊本のトランペット。

佐瀬:そうなんですね!

菊本:本当は自分でカデンツァを作れないといけないんですけどね。僕らもやはりコード進行をわかったうえで、ひけらかさない程度に「自分はこういうプレイヤーなんだ」ということをちゃんと提示できるといいのですが。そう考えると、やっぱりクラシックもコード進行って大事ですね。

クラシックとジャズのリズムの違いをセッションで表現。

菊本:今日はせっかくなのでクラシックとジャズでセッションをしたいと思っていて。《H.H Blues》という曲なのですが、同じモチーフを使いながらも、クラシックとジャズのリズムの取り方の違いを感じられるかなと思います。佐瀬さんの師匠である原朋直さん作曲、一緒に演奏していたのが僕のN響の先輩である佛坂咲千生さん。このふたりが向かい合ってセッションしながら砂浜を歩くというCMが過去に流れていて、かっこいいことやってるなあと思いました。実は大学4年生の時に、シエナ・ウインド・オーケストラで原さんがソリストをされていた演奏会があって、僕、その演奏会で裏方をやっていたんですよ。そこで「プロ目指してます」って原さんのサインをもらった覚えがあって。

佐瀬:今回、《H.H Blues》をやらせてくださいと原さんに連絡を取ったら、すごく喜んでいて「菊本さんにも演奏していただけるなら、ぜひ曲を提供する」とおっしゃってくださったんです。僕らのセッションを楽しみにしてくれていると思います。

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原朋直さんと佛坂咲千生さん出演のCMをオマージュして向かい合うふたり。
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菊本:さきほども話したように、このセッションから、表拍からいくか裏拍からいくか、というリズムの違いを感じていただけると思います。クラシックにおいては、4/4拍子だと、1拍目と3拍目に重きがあるんですけれども、ジャズは逆。2拍目と4拍目の裏拍にというか、すでに1拍目が裏から始まったりします。《H.H Blues》だと、スラーやスタッカートなどのアーティキュレーション(*)は楽譜上には何も書いてないのですが、楽譜まま演奏したら、さっきの僕らの演奏のようにはならないんですよ。

佐瀬:そうですね。楽譜だったら平坦なところを、裏にちょっと強めにアクセントをつけるとジャズっぽくなるというか。

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菊本:そんな感じですよね。僕も最初は表拍から裏拍にスラーをかける感じで演奏していたのですが、最終的に裏拍から表拍へ、ということを意識していました。ただ、ほんまもんの人の前でジャズをやるのってすごく緊張しますね(笑)。

言葉がない音楽だからこそ、言葉にできない感情を伝えたい。

佐瀬:僕もオーケストラに混ざってクラシックの曲を吹く機会があったのですが、心臓がはち切れそうなくらい緊張しました(笑)。僕も吹奏楽をやっていましたし、高校の時はクラシックの方にトランペットを習っていたので、クラシックは結構触れてきたつもりなんですよ。そのうえで、これは音楽全般に言える話ですが、聴き手の方々には会場で聴いてもらいたいという思いがすごくあります。特にクラシックはホールで聴くからこその迫力や臨場感、豊かな音の響きを味わえると思います。だから、まずはぜひ一度何も考えずに演奏会に行ってみてほしいですね。

菊本:ありがとうございます。オーケストラって基本的に言葉がないからこそ、音を通して言葉にできない感情が伝わるといいなと思って演奏しています。あとは演奏を生で観ていただくことで、みなさんと同じ人間がこんな演奏をすることができるんだ! というふうにも楽しんでもらえるかなと思うので、ぜひN響の演奏会に足を運んでいただけたら嬉しいです。

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text / Aiko Iijima photo / Tomohiro Takeshita

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