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#2 オーケストラは小さな「社会」だ。

担当する楽器が違ったり、年齢が離れていたり、はたまたオーケストラの端と端に座っていたり。心理的にも物理的にも近くて遠い距離にいる楽員同士が対談する企画「N響 x N響」。第2回はヴァイオリン奏者の木全利行と、チェロ奏者の中実穂が登場。1979年に入団した木全はN響の中でもっとも古株、2021年に入団したばかり中は、もっとも新人。年齢差もかなりある2人の会話は一体どんな様子なのでしょうか。

何年経っても大切なのは、
常に自分の課題を見つけること。


──お二人は普段からよく話をされていますか?

木全利行(以下、木全):あまりしたことないよね。というか、全然したことないんじゃない?

中実穂(以下、中):あ、でも前に一度帰り道が同じになって……。

木全:ああ、そうか。でも、話したのってきっとそのくらいですよね。

:はい、私にとって木全さんは「大先輩」ですから(笑)。実際の演奏では(席が)かなり遠いので、演奏されている様子を直に見る機会はほとんどないのですが、それでもテレビ番組の『N響アワー』でお見かけした時の姿はとても印象に残っています。音楽に真摯に向き合っていらっしゃるというか、音楽の一部のようになっている姿に強く感銘を受けました。

木全:中さんは、子供の頃から『N響アワー』は見ていたんですか?

:はい。小さい頃から『N響アワー』は観るものと決まっていたというか(笑)。初めて見たのがいつなのか覚えていないくらい、おそらく物心つく前から「生活の一部」としてそこにありましたね。私は地方出身者なので、『N響アワー』を観ていると、「これが最先端の音楽なんだ……」みたいな気持ちにもなったんです。クラシックで「最先端」って、言葉として合っているのかどうか分からないですが(笑)。海外の指揮者や有名なソリストなど、本当に豪華なゲストを招聘しているところも子供ながらにかっこいいなと思っていました。

──NHKのテレビ・FMを通して、N響の演奏を何年にもわたって日本全国に届けていること自体が画期的ですよね。

木全:そう思います。来日した演奏者や指揮者の方も、ホテルでパッとテレビをつけたらクラシック音楽の番組が放送されていることにびっくりしています。日本人である僕らからすれば、ヨーロッパの方がよほど「文化」としてクラシックが浸透しているイメージですが、少なくともN響は完全にお茶の間に浸透していますよね。それだけじゃない。日本にはアマチュアオーケストラもたくさんありますし、クラシックのCDも相変わらず好調に売れ続けています。もちろん、そうした基盤を築いてくださったのは我々の先輩たちなのですが、日本なりの方法でしっかりと根づいているのではないでしょうか。

──中さんは、N響に入団してちょうど1年くらいですよね。これまで様々な楽団で演奏してきた経験を踏まえての、N響の特徴というとどんなところになりますか?

:N響はやはり、「緊張感」のようなものがより強くある気がします。ずっと続いているN響の伝統を守り抜いていくことへのプライドや誇りといいますか。そういったものを、先輩方の演奏からひしひしと感じますね。もちろん、個人のレベルでは性格も考え方もそれぞれ違いはあるのでしょうけど、何か同じ大きなものに目線が向いているといいますか、そういう共通意識のようなものを感じています。

木全:昔はそれがより濃密だった気がします。というのも、N響への入団方法も今とは全然違うんですよ。今は公募によって選出された人たちが入団してくるわけですが、昔は年配の楽員たちが自分の弟子を、「今度トラ(エキストラ)で使ってみてくださいよ」みたいな感じで連れてくるんです。なので、他の楽員たちにも「あの新人は誰々の弟子だって」みたいな感じで伝わっていく。僕なんか、まさにそんな経緯でN響に入ったんですけど、そうすると入団した時にはすでにみんなに顔が知れ渡っている状態なんです。

:ああ、なるほど!

木全:だからこそ似たメソッドを持つ人が集まり、「伝統」を色濃く受け継いでこられたのでしょうね。それこそ不文律みたいなものも、今よりたくさんありました。

──その代わり、今は外からの「新しい空気」が入ってきて新陳代謝も進みやすいかも知れないですね。

木全:そう思います。今の方が海外で勉強してきた人もいるし、柔軟性もあってインターナショナルだなと。その一方で、守り続けている伝統もあり、そのバランスで成り立っているのが今のN響なのかも知れないです。ところで中さん、N響にはもう慣れましたか?

:エキストラで呼んでいただいていたときと違って、楽員としてN響に加入し毎日のようにアンサンブルを奏でていると、日々のコンディションによって調子がいい時とそうでない時が出てきてしまいます。エキストラで参加していた時よりも、自分のウィークポイントが如実にわかるといいますか。N響という環境にはもうだいぶ慣れてきましたけど、今は自分の課題に取り組む方が大変だなという気持ちです。もちろん、前向きな意味ですけれども(笑)。

木全:最初のうちはルールや習慣、さっき言った不文律みたいなものに慣れるのもきっとひと苦労ですよね。「え、これって特に楽譜に何も書いてないけど、なぜみんな把握した上にちゃんと一緒に出来ちゃうの?」と思うことが多いんじゃないですか?

:はい、ほんとそんな感じです(笑)。

──ある意味、「社会」みたいなものですよね。

木全:おっしゃるとおり、まさにオーケストラは「社会」ですね。誤解を恐れずに言えば、例えば自分がいるセクションと、隣のセクションでは全く違う演奏をしているかも知れない。でも、オーケストラ全体では調和の取れたアンサンブルを奏でているということもあるわけです。ある場面では、自分たちはバックコーラスに回ってソロを引き立てる、でも次の瞬間には自分が前に出ていって全責任を背負ってソロを弾かなければならない。そういうアンサンブルの中の「動き」というのはオーケストラごとに特徴がありますから、それを捉えることは最初は大変かも知れない。

:オーケストラが「社会」というのはとても腑に落ちるところがあります。チェロを始めたのは5歳の頃で、そのあとオーケストラのある音楽教室に通うようになったんですね。ただ、思春期になってくると練習も嫌だしチェロ自体が好きじゃなくなってしまって……。思い切って小学6年生からのおよそ1年間、完全に辞めてしまった時期がありました。そうしたら、自分にとって何が一番大切なのかがよく分かったんです。「やっぱりチェロを演奏したい!」という気持ちももちろん強かったのですが、それより仲間に会えなくなったことがとにかく悲しくて。自分がチェロを続けることができたのは、オーケストラという「居場所」があったからなのだなと今ならよく分かります。

──オーケストラの「社会」としてのありようも、年々変化していますか?

木全:していますね。今は先輩たちも、後輩に対してすごく親切に教えていると思うけど、昔はそんなんじゃなかったんですよ。いきなり叱られて。例えばリハーサル中、演奏していると後ろから先輩がヌッと顔を出して「兄ちゃんだけ全然違ってるよー」とだけ言われる。何がどう違うのか教えてくれないんですよ(笑)。今と昔ではどちらが良かったのかは分からないけど、そういうふうに鍛えられたことによって「自分の頭で考える」ということを、自動的にするようになったかも知れないです。

:当時は今より、楽員同士のコミュニケーションも密だったのですか?

木全:昔はN響内に、「釣りクラブ」や「将棋囲碁クラブ」などがあったんですよ。冬になると、バスを借りてみんなでスキーへ行ったこともありました。

:へえ!

木全:福利厚生として、楽団から予算もおりていたくらい本格的だったんです。昔の先輩たちはみんな怖かったけど(笑)、そういう場でコミュニケーションを取る機会もちゃんとあった。最近はそういうものもなくなってしまったので、それはちょっと寂しいかな。

:そうだったんですね。私たちも、同世代とはよくご飯を食べに行っていました。ただ、ちょうど入団する直前くらいからコロナ禍になってしまって。今はあまりそういう交流のチャンスもなくなってしまったのは残念ですね。ところで木全さんは、かれこれ40年以上N響に在籍されているわけじゃないですか。毎週、自分の演奏がテレビで放送されているのは、どんな心境ですか?

木全:ものすごく緊張しますよ(笑)。テレビって、普通の演奏会と違って残るわけだから。もちろん、テレビ収録以外の演奏だって毎回全力で取り組んでいますが、自分がミスした演奏が何年にもわたって保管され続けてしまうことを想像すると、絶対にミスするわけにはいかないと思って余計に緊張する。

:今までに失敗されたことはなかったんですか?

木全:何度もあるけれど(笑)。僕がまだN響のエキストラだった頃ですが、演奏中に思いっきりミスしてしまって。しかもその演奏が放送されなかったんですよ。当時は収録したすべての演奏会が放送されたわけではなく、その中から選んで放送していたため「お蔵入り」になった演奏も結構あったのですが、「あの時の演奏がお蔵入りになったのは、俺がミスしたからだろうか……」としばらく落ち込みました(笑)。実際の理由はわからないんですけどね。

:そんな大変な緊張感が伴うN響を、ここまで続けて来られた秘訣ってありますか?

木全:秘訣か、なんだろう……(笑)。まあ、そういう失敗があったとしても、いつまでもウジウジと引きずらないことだと思いますね。失敗からの学びや反省は大事ですが、同時に気持ちを切り替えるようにすること、楽天的であることも大事。それが、長く続けて来られた秘訣なのかも知れないです。

:おっしゃるように、失敗を引きずるのは簡単なんです。まさに今の私は「こんなことも分からなかったのか」の連続なので、それに対して落ち込み続けていたらキリがなくて(笑)。

木全:そりゃそうですよ。この年になったって、「こんなことも分からなかったのか」と思う時がありますから。

:そうなんですか!

木全:インタビューの最初の方で、中さんが「課題に取り組むことが大事」とおっしゃっていましたが、それは歳を取ってからもずっと続きます。気が遠くなるかもしれないけど、「これでOK、全て満足」となった瞬間、少なくともものづくりの上ではやることがなくなっちゃいますよね。気持ちを切り替え楽天的でいるようにすること、常に課題を見つけてそれに取り組むこと。前者と後者は矛盾しているようで、どっちもものすごく大事なことです。

:今日はとても勉強になりました。ありがとうございました。

木全:こちらこそ。これからもN響を盛り上げるために一緒に頑張りましょう。



photo / Akari Nishi text / Takanori Kuroda