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#2 映像的な音楽が、鑑賞者の想像力をくすぐる。|高井息吹×ムソルグスキー

長くて難解なイメージを持たれがちなのが、クラシックの楽曲。この連載「名曲の『ココ』を聴こう」では、クラシック音楽にも影響を受けながら、ポップミュージックシーンで活躍しているミュージシャンたちが長いクラシック曲の“聴きどころ”をピックアップし、その面白さを解説します。
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第2回は、幼少期からクラシックピアノを学んできたシンガーソングライターの高井息吹さんが、ムソルグスキーの《展覧会の絵》について語ります。10枚の絵画に触発されて作られたピアノ組曲をラヴェルがオーケストラ用に編曲した《展覧会の絵》。「芸術に感化されたり、逆に音楽からインスピレーションを得て絵を描いたりすることもあります」と話す高井さんが、この組曲から感じた編曲の面白さ、物語の中にいるかのような映像的な音色から想像したこととは?

<解説する曲>
ムソルグスキー(ラヴェル編) / 組曲《展覧会の絵》
指揮:パーヴォ・ヤルヴィ
演奏:NHK交響楽団

1874年ロシアの作曲家モデスト・ムソルグスキーが作曲したピアノ組曲。友人であったロシアの画家 / 建築家 / デザイナーのヴィクトル・ハルトマンの遺作展で鑑賞した10枚の絵からインスパイアされた楽曲と、展覧会を見て回るムソルグスキー自身の様子や心情を表した間奏曲「プロムナード」で構成されています。ピアノ組曲ながら、ピアノでは演奏の難しい管弦楽曲のように作曲されていましたが、ムソルグスキーの没後、1922年に、「オーケストラの魔術師」の異名を持つモーリス・ラヴェルが管弦楽へと編曲。現在オーケストラで演奏されている《展覧会の絵》のほとんどはラヴェル編曲版となっています。

<教えてくれた人>

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編曲で生まれた「歌詞がなくとも読める物語」を楽しむ。

《展覧会の絵》はもともとピアノ組曲ですが、ラヴェルの編曲が素晴らしいんです。ムソルグスキーはハルトマン(*1)の遺作展に触発されてわずか3週間でこの組曲を書いたと言われていて、ピアノだけでもその景色や色彩のイメージが表現されていると思うのですが、編曲によってひとつの音では表現できない情景の濃淡がより鮮やかに表現されていると思います。

この組曲を聴いて感じたのは、作曲はストーリー・脚本を書くことで、編曲はそれを映像化することなんじゃないかということ。映画を作る時のようなストーリーと映像の関係性が原曲・編曲でも成立することを《展覧会の絵》から強く感じました。ラヴェル自身の五感が鋭かったからこそ、ピアノ組曲からいろいろな情報を読み取ったのだと思いますし、さらに、その感覚をもとにストーリーを映像化したり質感を与えたりすることに長けていた。それはもちろんムソルグスキーが様々な文化や芸術からインスピレーションを受けて、ピアノに情景や色彩、メッセージを込めていたから成し得たことです。そのイメージをちゃんとラヴェルが鑑賞者も感じ取れるほど映像的かつ共感覚的に広げているので、歌詞がなくとも読める物語が詰まっています。

私も曲を作る時点ですでに、頭の中にピアノ以外の音も鳴っているんです。だから、編曲の段階でも、ソロ以外にバンド形態で演奏する時も、思い描いていたイメージが具現化して「あ、これこれ!」という感覚になります。きっとムソルグスキーも作曲時にピアノ以外の音が頭の中で鳴っていたと思うし、彼の死後にラヴェルが編曲したから、もしかしたら「それは違うよ!」と思うところもあるかもしれませんが(笑)、「この色彩! この質感! わかってくれてありがとう!」っていうマジックは絶対起きているんだろうなと思います。

Point1:プロムナード
ムソルグスキーが展覧会を回る様子を追体験。

※第1プロムナードをここから聴く。ラヴェル編曲の《展覧会の絵》には、4曲のプロムナードが含まれています。

まず、注目してほしいのは曲の構成。「プロムナード」(*2)が曲間に挟まれているのですが、これはハルトマンの遺作展の絵と絵の間をムソルグスキー自身が歩いている様を表しています。他の曲の多くは景色や人々の様子が表現されていますが、「プロムナード」には一つひとつの作品に入り込んだあとの余韻のようなムソルグスキーの心情が詰まっている。これがあるからこそ組曲全体を通して聴いた時に、ムソルグスキーが遺作展を見て回っている追体験をするような楽しみ方ができると感じます。だから、「今、作品の間を歩いているんだな」ということをイメージして聴いてみてほしいですね。

Point2:「こびと(グノーム)」「卵の殻をつけたひよこのバレエ」
原曲にはなかった音も。音からイメージを膨らませて空想する。

※「こびと(グノーム)」をここから聴く。
※「卵の殻をつけたひよこのバレエ」をここから聴く。

1曲目の「こびと(グノーム)」は組曲のなかでも特に童話的な印象があります。原曲はハルトマンが描いたグノームの姿をしたくるみ割り人形のデザイン画からインスパイアされて作られたそうです。第一印象として、ロシアのおとぎ話のような、ちょっとダークファンタジー的な世界観だなと思ってはいたのですが、「グノームってなんだろう?」と思って調べたら、ロシアの伝説に登場する小人のことで納得しました。それがわかると、本当に絵本を読んでいるようにイメージが浮かびますし、0:10、0:19など全ての楽器が四分音符でスタッカートになる小節は、グノームがくるみを割る姿を想起させます。ただ、この小節はピアノ組曲の段階ではスタッカートの指示はないんです。まさに、ラヴェルの編曲が光っているところだと思います。

5曲目の「卵の殻をつけたひよこのバレエ」は特にお気に入りです。まず題名が最高で、ムソルグスキーのおちゃめな面が出ていると思います(笑)。ハルトマンがデザインしたバレエの衣装から着想を得た曲です。その衣装というのが、卵の殻から手足を出したカナリアのひなを模したもので、それを着て子どもたちがバレエを踊ったそうなんです。フルートの旋律はひよこの鳴き声を表しているんじゃないかなと思いますし、ささやかに鳴るシンバルもひよこが飛び跳ねているようでかわいい。まさに映像が浮かぶ曲です。

展覧会の絵

2016年9月14日サントリーホールで行われたNHK交響楽団第1841回定期公演でのムソルグスキー(ラヴェル編)/ 組曲《展覧会の絵》演奏の様子。指揮はパーヴォ・ヤルヴィ。

Point3:「カタコンブ」1:26〜
言葉にならない感情を託した5小節のトランペットソロに注目。

※「カタコンブ」をここから聴く。

これまでと打って変わって組曲の終盤「カタコンブ」から「死者たちとともに死せる言葉で」の流れはすごく神秘的。「カタコンブ」とはパリにある地下墓地の名前で、その墓地を見ているハルトマンの自画像がこの曲の元になっています。1:26からのトランペットソロはたったの5小節でメロディーとも言えないようなものなのですが、言葉にならない感情をなんとか声に出しているような印象で、とても重大な役割を担っているように思います。この組曲は1曲1曲のキャラクターが全く違うから、これまでの曲を経て満を持して、というわけではないかもしれないですが、今まであまり明確にせず隠していた感情が本当に初めて表出する部分だと思います。

これまでの景色や人の様子の表現ではなく、もっと人間の心の深淵を表していて歌心がある。どうしようもない気持ち、言葉にならない感情を音に託すのは、クラシックもポップスも変わらないんだなと思いました。そこから、「死者たちとともに死せる言葉で」は、ちょっと暗い題名だし妖しげな弦のトレモロから始まりますが、徐々に和音が柔らかく明るく、美しくなっていて、光に向かっていくような展開。まるで天使の迎えが来ているように思えます。

いい沼にハマる、クラシックの自由な楽しみ方。

クラシックには実はたくさんの楽しみ方があるんです。特に《展覧会の絵》は、音に集中するというより、まさに展覧会の絵を観て歩くように体感してほしいです。かなり映像的な曲なので、映画を観るように気軽に楽しめる組曲です。

この曲に限らず、集中しながら聴いてもいいし、演奏者に意識を傾けて一緒に緊張感を味わうこともできるし、一歩体を引いて会場全体を俯瞰して、意識も遠いところに飛ばしながらふわっと空間を感じて聴くこともできる。クラシックを難しく考えずにまずは感じてもらえるといいと思います。あとは、やっぱり背景を知ると楽しさがより広がります。「作曲者はどういう哲学を持っているんだろう?」とか「この音なんだろう?」とか「この世界観はなんなんだ?」とかパッと聴いてひっかかった部分を掘っていくと、いい沼にハマっていけると思いますよ。

注釈
*1 ヴィクトル・ハルトマン・・・1834年ロシアのサンクトペテルブルク出身の画家 / 建築家 / デザイナー。挿絵画家としてキャリアをスタートさせ、海外を旅しながら水彩画やデッサンを残しました。ロシアの伝統的なモチーフを作品に取り入れた第一人者でもあります。1873年に39歳で夭折。翌年に約400点を展示する遺作展が開催されました。

*2 プロムナード・・・ 「散歩」「そぞろ歩き」を意味する言葉で、ハルトマンを哀悼しながら遺作展を回る様子を描いた前奏曲・間奏曲となっています。5曲の「プロムナード」はそれぞれリズムが異なり、絵を見ながら歩く歩調を表現しているとも言われています。
公演情報
第1946回 定期公演 池袋Cプログラム
東京芸術劇場 コンサートホール
指揮:ワシーリ・ペトレンコ
チェロ:ダニエル・ミュラー・ショット*
チャイコフスキー/ロココ風の主題による変奏曲 作品33*
ムソルグスキー(ラヴェル編)/組曲「展覧会の絵」
2021年12月10日(金)開演 7:30pm
2021年12月11日(土)開演 2:00pm


text / Aiko Iijima photo(Bruckner) / ArenaPAL アフロ

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