ある公演の日に……。
09:00 搬入開始
朝9時、N響のトラックがホールの搬入口に入ってきた。コンサートで使用する楽器はもちろん、時には演奏時の椅子なども運ぶというトラックは、N響の場合、コンサートの構成にもよるが11tトラック1台と4tトラック1台の計2台が基本。中を覗くと、大きさや重さが異なるさまざまな形の楽器が入ったケースなどが隙間なく収められている。ステージスタッフたちにより荷物は後方手前からどんどん下ろされ、舞台や舞台袖に運ばれていく。
09:00 設営開始
搬入開始と同時刻、舞台上ではステージセッティングが始まっていた。ステージ・マネージャーの指示のもと、何もない舞台上に平台が組まれ、椅子や譜面台が置かれていく。
椅子や譜面台の高さは、楽員一人ひとりで異なる。N響では、練習場でもコンサートが行われるホールに近い配置でリハーサルを行なっている。ステージ・マネージャーが事前に図面上で組み立てたセッティングプランを練習場でのリハーサル時に調整し、さらにコンサート当日のホールでも設営のなかで細やかな調整が行われる。
台車を引く音、椅子や譜面台が触れ合う音、スタッフたちの足音、掛け声。搬入・設営開始から2時間ほどでステージ上にオーケストラの舞台が完成した。
11:00 楽員集合
リハーサルの2時間前になると、ぽつりぽつりと楽員たちがホールに現れ始めた。管楽器奏者はホールへの到着が早い傾向にあるのだそう。各自、バックステージに運ばれた楽器ケースを開き、ウォーミングアップを始める。廊下に楽器の音が鳴り始め、その音は徐々に大きくなっていく。
13:00 ゲネプロ開始
舞台上に楽員、指揮者が揃った。会場は一気に静まり返り、本番さながらの緊張感が走る。本番前の最終リハーサル、ゲネラルプローべ(以下、ゲネプロ)が始まった。
指揮者にもよるが、ゲネプロは基本的に全体を通しで演奏することが多い。演奏するコンサートホールによって響きや鳴りが異なるため、指揮者はその微妙な違いを確認しながら微調整していく。楽員もそれぞれ、実際に演奏しながら自らの音や他の楽器の音の聞こえ方を確認、調整していく。
15:00 ゲネプロ終了
2時間ほどのゲネプロが終了。終了後もパートごとに打ち合わせをする楽員たちの様子に、本番に向けてより良い音楽づくりのため、妥協を許さない姿勢が垣間見える。
ここから本番までの数時間の過ごし方は、楽員それぞれだ。練習を続ける人、楽屋で休憩をする人、外に出て息抜きをする人。食事をする人もいれば、本番前には何も口にしないという人もいる。思い思いに過ごしながら、開演に向けて気持ちを整えていく。
このとき指揮者は、開演時間が近づきスタッフに呼ばれるまで楽屋で過ごす人が大半だ。しかしこの日の指揮者マレク・ヤノフスキのルーティンは、何をするでもなく廊下を歩いたり、バックステージの様子を静かに見つめたりすること。彼のように楽屋の外で本番までの時間を過ごす指揮者は珍しいのだそう。
18:50 楽員がバックステージに集合
開演30分前、着替えを済ませた楽員たちがバックステージに集まり始めた。ひとりで静かに集中を高めている人や、リラックスした様子で他の楽員と話している人など、本番直前の面持ちも楽員それぞれだ。開演10分前くらいには楽員の大多数が揃う。
19:00 開演
ステージ・マネージャーの大きな拍手が2回、バックステージに響く。入場の合図だ。いつも穏やかなコンサートマスターの顔が引き締まり、楽員たちの表情が変わる。客席からの拍手に包まれ、楽員たちが舞台に入場する。
楽員たちが席に着いたらチューニングが行われ、指揮者が入場し、タクトを手にとる。静まり返るホール。さぁ、コンサートが始まる。
21:00 終演
鳴り止まぬ拍手のなか、コンサートが終了した。舞台上から戻ってくる指揮者と楽員たちを、バックステージのスタッフが拍手や労いの言葉で迎える。
晴れ晴れとした表情を浮かべる楽員たちは、それぞれのペースで楽器を手入れし、ケースに収めて帰路につく。
コンサートの余韻が残る舞台では、早速撤収作業が開始されている。1時間ほどで作業は完了し、元通りに荷物を積み込んだトラックがホールを出る。何もない舞台、誰もいない客席。静けさを取り戻したホールの照明が落とされる。
text / Akiko Souen photo / Koichi Tanoue 取材協力 / 東京芸術劇場