#5 E=Ensemble 息遣いや気配を感じて奏でる。
<教えてくれた人>
そもそも「アンサンブル」とは何か?
「アンサンブル」という言葉はフランス語で「一緒に」という意味です。「Tu veux qu'on dîne ensemble ?(一緒にご飯食べる?)」など日常的に使われており、音楽用語としては「一緒に音を出す」つまり「合奏する」という意味になります。
アンサンブルはメロディライン、それを支える低音パート、その中間で和声を決定する楽器たちによって成り立っています。アンサンブルの良し悪しは、例えば「タイミングがあっているかどうか?」や「音程やチューニングは正確であるか?」、あるいは「音の強弱のバランスは的確かどうか?」だったり、色々な要素が複合して決まります。演奏の出だしが揃っていなかったり、チューニングがずれていて和音が濁ったり、メロディラインよりも低音パートの方が大きな音だったら、楽曲として成り立ちませんよね。
オーケストラの場合、コントラバスやファゴット、テューバといった楽器がアンサンブルの低音を担うことが多いです。その上にホルンやトランペット、トロンボーンといった金管楽器、フルートやオーボエ、クラリネットなどの木管楽器、そしてチェロやヴィオラ、ヴァイオリンなどの弦楽器が、アンサンブルの中音域から高音域を担うことで豊かな響きをもたらしています。もちろん、第2ヴァイオリンがスタッカートでビートを刻み、その上で第1ヴァイオリンがメロディを弾く、なんてこともありますが。
ちなみにオーケストラで使われる楽器は、複数の奏法を持つものが多く存在します。例えばヴァイオリンは、弦を弾(はじ)くこともあれば、弓で擦ることもあるように。管楽器の場合は、木管楽器はリードと呼ばれる薄片を振動させて音を出し、金管楽器は唇を振動させて音を出します。このように様々な奏法を持つ複数の楽器が、同時に音を出してアンサンブルを形成していくわけです。
さらにティンパニやシンバル、トライアングルなど大きさも音域も様々な打楽器類が、アンサンブルのリズムやビートなどを担っています。
「配置」こそが、良し悪しを決める。
ステージにおけるオーケストラの配置は、だいたい世界共通ですね。楽団によってはコントラバスの位置が左右反対だったり、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを指揮者を挟んで対向して配置させたりすることもありますが。ヴィオラが外側、チェロが内側に配置される場合もあれば、その逆もある。そこは指揮者の意向による場合もあります。ちなみに古い時代の楽曲だと、トランペットとティンパニがセットで動くことが多いため、近くに配置されることが多いですね。
同じような動きをする楽器は自然と席も近くなります。これがもしバラバラに配置されていたら、きっとお互いの「呼吸」を感じることができないため、演奏をぴったり合わせることは途端に難しくなるでしょう。コロナ禍ではN響も一時期ソーシャルディスタンスを保つために、各演奏者の間隔を大きくとらざるを得なくなったことがあるんですよ。近くにいれば息遣いや身体を動かす様子がわかりますから、そうした気配に注意を払いながら音を出すことができるのですが、席が離れていると隣の演奏者の気配が全くわからず常に不安でした。
「オーケストラには指揮者がいるのだから、隣の演奏家と息を合わせなくても指揮者を見ていれば大丈夫なのでは?」と思われる方もいるかもしれません。そんなことは決してなくて、例えば私の場合は指揮者と同時にコンサートマスターの動きにも注意を払い、弓が弦につくタイミングで音を出すなどしています。
我々、木管楽器は、ステージ上ではちょうど真ん中に座っているため、近くの楽器と形成したアンサンブルを横の楽器に伝えていくことが重要です。まずフルート、オーボエ、ファゴット、クラリネットの首席奏者4人の演奏がしっかりとしたアンサンブルを作る。そうしないと、オーケストラのアンサンブルはバラバラになってしまいますから。
「木管のアンサンブルがグラついていると私たちも合わせるのは難しい」と、いつだったか弦楽器の方から言われたこともあります。前方にいるフルートとオーボエの2人は、後方のクラリネットとファゴットの2人を見ることが出来ないので、相手がこちらに合わせてくれるという絶対の信頼関係が築けていることも、アンサンブルを成立させる条件の一つなんですよね。
目指すべき方向をすり合わせる。
N響のアンサンブルの特徴。
優れたアンサンブルに必要な要素として、「方向性を共有している」ということもあります。「こういう演奏を目指している」「ここに向けて演奏を盛り上げていく」という考えがメンバー全員一致していることがとても大切です。自分の主張があるのはもちろん大事なことですが、自分の主張「だけ」を出していたらダメですよね。周りの演奏家がどんな演奏をしているのか、このオーケストラは全体でどこに行こうとしているのか。それを聴くアンテナがないとやっぱり難しいかもしれません。他のメンバーの主張にもリスペクトをはらいつつ、オーケストラ全体のことを考える。そういう姿勢が必要なんじゃないでしょうか。
ちなみにN響のアンサンブルは、時おり神がかっていて「すごいな、ここの楽団は!」と感じることがありますね(笑)。そのクオリティは絶対に下げたくないし、もっとアップデートしていきたい、という気持ちはすべての楽員が持っているのではないでしょうか。各々の向上心がとても強く、しかも「仲良し」であることも重要なポイントですね(笑)。以前と比べ、コミュニケーションツールが進化したのも大きく貢献しているのは確か。前は電話しかなかったのが、今はメールやLINEが普及して、グループLINEを作れば連絡もすぐできるし、Zoomをつないでいつでもどこでもミーティングもできる。それによって、楽員同士の結束力は30年前より今の方が強くなったのではないでしょうか。
ちなみに「このアンサンブルはすごい!」と思ったのは、最近だとマルティン・フレストというスウェーデン出身のクラリネット奏者がリリースした、ヴィヴァルディのクラリネット協奏曲集『Vivaldi』。そこで演奏しているケルンの弦楽器グループ「コンチェルト・ケルン」がものすごいアンサンブルを奏でています。「こんなアンサンブルと演奏してみたいなあ」と、すごく羨ましく思いましたね(笑)。
もしオーケストラの演奏を聴きにいく機会があったら、演奏家たちが息を合わせてアンサンブルを奏でている様子に是非とも耳を傾けてみてください。
photo / Akari Nishi text / Takanori Kuroda