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#1 バッハはビートルズへ、ベートーヴェンはYMOへ。

街中で流れるポップミュージックの中にも、実はクラシック音楽のエッセンスが図らずとも入りこんでいます。曲の中にその一部がそのまま引用されているものだけでなく、音の重ね方やメロディーの作り方に関して影響を受けた音楽の元を辿ればクラシック音楽に行き着くことも。その関わり方のカタチは様々です。「クラシックは、元ネタだ。」は、クラシック音楽をルーツに持ちながら現代のポップスシーンで活躍する音楽家・江﨑文武さんが案内人となり、ポップミュージックのアーティストをゲストに迎え、具体的な作曲家や曲を絡めながら、クラシック音楽と現代の音楽との関わりを掘っていく連載企画です。
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第一回のゲストは、江﨑さんとも交流のある、ヴァイオリニストでありアーティスト支援の実業家でもある常田俊太郎さん、藝大作曲科を卒業しポップミュージックシーンで活躍する小田朋美さんのお二人。幼い頃からクラシックを学ぶ中で影響を受けた作曲家や、現在の曲作りでのクラシック音楽の捉え方を伺う中で、クラシック音楽のDNAは色々な形でポップミュージックにも受け継がれているということが分かってきました。

※記事中で出てきた曲をプレイリストにしました。ぜひ記事を読みながら聴いたり、サンプリングと元ネタを聴き比べたりしてお楽しみください。


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クラシック音楽の道に進んだのは「運命」だった。

江﨑文武:今日は、クラシック音楽をルーツに持つお二人と、いまの音楽活動とクラシックの関係について、ゆるっと雑談したいなと思っています。俊太郎さんは、僕のソロ曲でもヴァイオリン弾いてもらっていたり、ミレパ(millennium parade)で、弟(常田大希)と一緒に音楽活動したりしているけど、東大工学部出身なんですよね。

常田俊太郎:そう、大学ではコンピューターとか触りながら、オーケストラもやってました。謎な経歴なんです。小田さんの生い立ちも気になります。

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小田朋美:母がピアノの先生をしていて、ピアノは自然とやってました。それで、ベートーヴェンってとっくに死んでるのに、没後200年近く経った今も曲として生きてる! っていうのに気付いて。何百年も先まで多くの人に自分の作品を演奏してもらえる作曲家ってかっこいいと思い、幼稚園の頃から曲を書いたりしていました。でも当たり前ですがベートーヴェンみたいな曲は全然書けなくて(笑)、それが作曲に興味を持ったきっかけです。

常田:うちも同じく母親がピアノの先生。でも、親子でやると上手くいかないっていう典型パターンで、一週間くらいで辞めちゃって。それでヴァイオリンに転向しました。

江﨑:僕は、両親が音楽好きで。小さい時から、おもちゃ売り場でトイピアノを触ってたから、習わせ始めたらしいです。

常田:ヴァイオリンだと、だんだんアンサンブルとかオケに発展していくんですけど、ピアノって基本ソロで演奏するものですよね。どうやって作曲の編成のスケールというか、幅を広げていったんですか?

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小田:バッハが好きになった時期があって。聴いても楽しいのですが、弾く喜びがある。《インベンション》とか《シンフォニア》とか、積み上げるのがパズルみたいですごい楽しいなと。そこから作曲科に行きたいと思うようになりました。

マーラーには、弾いていても浸れる「エモさ」がある。

江﨑:ピアノのレッスンって時系列的に進むことが多いですよね。バッハ、ベートーヴェン、モーツァルトあたりの古典派(*1)からやって、小学校高学年くらいになるとドビュッシーとか印象派(*2)をさらっていくんだけど、僕の場合はその辺で難解さが増してしまって挫折してしまいました。ちょうどそのタイミングで、ビル・エヴァンス(*3)とマイルス・デイヴィス(*4)に出会ったことから、ジャズにどっぷり。でもジャズを学んでいくと、ジャズの和音の響きはフランス和声の影響を受けていると知っていって、逆にドビュッシーやラヴェルが理解できるようになり、クラシックが面白くなった。ジャズからクラシックに逆戻りしています。

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小田:ジャズとクラシックも当時影響しあってますよね。これは本質的な影響と言えるかは微妙なところではありますが、ラヴェルにもジャズっぽい曲があったりしますね。

江﨑ガーシュウィンが、ラヴェルに弟子入りを断られたとか。あの頃はパリとNYが影響を受け合ってる。小田さんは、他にどんな作曲家を好きになっていったんですか? 

小田:最初は主にドイツの作曲家が好きでした。ベートーヴェンから入って、ブラームスやシューマン、ワーグナーが好きになって。そのあと、フランスも好きになって、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルを通り、そのあとさらにロシアに流れて、ストラヴィンスキーとかスクリャービンもいいなと。

江﨑スクリャービン、僕も好きでした。前奏曲とか。やっぱり自分自身がピアノ弾きなのでラフマニノフとかも好きです。ちょっと甘めの人が好き。

小田:甘いですよね。常田さんは、ヴァイオリンだとどうです? 

常田:僕はフランスものが好きですね。先生が、それこそN響の元コンマスの田中千香士さん(*5)だったのですが、彼はフランスに留学していたので、そこから影響されたのかもしれません。ドビュッシー、フランク、ラヴェルあたり。

江﨑ラヴェルの《弦楽四重奏》(*6)、高校生の時に出会って、カッコよすぎてスコア買いました。

小田:自分で弾かなくても、スコア買ってたんですね!

江﨑:そう、弾けないのに(笑)

常田:オケはブラームスから入りました。(交響曲)1番から4番全部好きですけど、3番(*7)も好きです。3番は大学でオケやってた時に地元でやった公演でやりました。とりあえず三楽章のチェロが素敵すぎる。

小田:オケは曲の構成だけじゃなく、それぞれの楽器の色彩を楽しめますよね。どういう曲が弾いてて楽しいんですか?

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常田:弾いていて楽しいのはマーラー(*8)。どのへんって聞かれると難しいんですけど、やっぱりマーラーは、エモさがいいですよね。

江﨑:エモいですよね。編成も大きいし。

常田:自分の演奏が全体に及ぼす影響が小さいんで、もう弾くというより浸っている感じ。どの客席で聴くよりも中にはいっちゃった方が、一番演奏を楽しめるというか。特等席ですよね。

小田:たしかに。実は、私はオケが苦手でした。高校生のとき管弦楽の授業でチェロやってたんだけど、自分のパートの出番がない時間が長いと途中で寝ちゃったりして(笑)。規律を守る緊張感が合わなかった。でも聴くのは好きです。

盆踊りとストラヴィンスキーを、等価なサウンドとして使う。

江﨑:ミレパでは、オーケストラの表現技法をそのまま持ってきているところもありますよね。

常田:ですね。ストラヴィンスキー(*9)、ショスタコーヴィチ(*10)とか。曲作りのときに、スコアを見たりもします。

小田:具体的なリファレンスとして?

常田:あのシーンのあの感じ、どうやったら出せるんだっけ? ってスコアを見にいくことはよくありますよ。

江﨑:小田さんはいろんなプロジェクトをされていると思うんですけど、直接的にクラシックの作品をリファレンスとした作品もあったりしますか?

小田:私は、あまり意識したことはなくて。そもそも今ポップミュージックとして多くの人に聴かれている音楽のほとんどがクラシック音楽のシステムの上に成り立っているので、あえて「クラシックだよ」ってわかる形で持ってくるより、もっと無意識化された精神性みたいなものがルーツと言えるのかなと。だから二人がどのくらい意識的にやってるのか、興味あります。

江﨑:多分、ヒップホップのトラックメーカーがサンプリングする感覚にすごい近いと思う。70年代のソウルだろうが最近のEDMの曲だろうが1600年代とかのクラシックであろうが、等価な音素材として使って、それをコラージュ的に楽しむ文化。自分たちのルーツだからというより、「このサウンド、カッケーから使おう」っていう感覚でしかないかもしれないですね。

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小田:それでいうと、ミレパのフジロック見ててすごく新鮮だった曲が、「Bon Dance」。みんなが知ってる盆踊りの日本民謡を使っているんだけど、それを馴染みのあるものというより、エキゾチズム的にいろんな選択肢のひとつとして捉えている気がしました。

常田:日本古来の文化も、自分と地続きだってことは知識としては分かっているけれど、現代からみれば別の民族文化のような感覚で、取り入れたり取り入れなかったりする。それは多分クラシック音楽も同じ。あえてコラージュ的に持ってきたら面白いかな、っていう感覚で使っていますね。

江﨑:バンドリスナーの人たちって、クラシックを何か別ものだって思っているように感じるんです。その壁を取り払いたいなと。そういうわけで、リファレンスにしたクラシックの作品等を開示できるタイミングがあれば、積極的に話すようにしています。ラジオで「この曲はストラヴィンスキーの《春の祭典》の影響を受けています」とか。

常田:あとは、ミレパの「Trepanation」は、ショスタコーヴィチの《交響曲5番》の二楽章を引用していますね。King Gnuの「Slumberland」で、「ちょっとここらでスティーヴ・ライヒ(*11)感入れようか」みたいな会話をしたり。

江﨑:俊太郎さんは、よくライヒパートを任されてますよね。

常田:でもルーツじゃないんだよね。ルーツって、むしろもっとサブリミナルというか、あたりまえのように根付いていて、あえて意識することもない。それよりは単純にパーツとして、サンプリングとして使っている感覚。もちろんクラシックやってたからこそ、アイディアとして出てくるっていうのはあるんですが。

江﨑:「FAMILIA」はめっちゃクラシック聴きながら作ったんですよ。この曲ホルンの使い方がいいよねとか言って。ラヴェルの《マ・メール・ロワ》など数曲聴いていました。

小田:それは流しながら?

江﨑:曲作ってて行き詰まって、一旦飯食う? ってUber Eatsみんなで食べながら、聴いたりします。やっぱりラヴェルの《マ・メール・ロワ》ってダサいとこないな、このストリングスの質感はパッドシンセで再現しようよとか、ティンパニ入れちゃう?とか。

小田:なるほど。そういう、音の重ね方とか美学にクラシックのルーツが滲み出ているなって、WONKを聴いてても感じました。

グリーグから冨田勲、冨田勲からアンダーソン・パークへ。

江﨑:WONKでは「HEROISM」という曲で、曲の最後に向かってどんどん飛ばしていく表現をやりたい時に、最初にビートルズの話が出てきたんです。「A Day In The Life」の曲終わりはオーケストラサウンドが多層に積み重なってカオスになるんだけど、その技法自体はクセナキス(*12)由来だったりして。

常田:「All You need is Love」もクラシックが引用されてるよね。バッハの《インベンション8番》が鳴り響くラスト。

江﨑:あの辺のビートルズはすごく意識的にクラシックをコラージュしてますよね。

小田:そういえば、ベートーヴェンの《戦争交響曲》という異色の作品がありますが、最近、この曲を聴いたあとにたまたまYMO(*13)のファーストアルバムの一曲目を聴いたんですね。そうしたら、表層的なことではあるんですが、戦闘的な具体音の散りばめ方が似てるなと思って。この曲自体がゲームのトレースということもありますし、ただの偶然かもしれませんが、ベートーヴェンの時代からテクノロジーが進化した今も続いている、人間の闘争への批評性を勝手に感じたりしました。

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江﨑:へえ、面白い。全然そういう視点で聴いたことなかったです。あと、クラシックと言えるかは分からないですが、日本のシンセサイザーの巨匠、冨田勲(*14)のサウンドを、アンダーソン・パーク(*15)が「The Season/Carry me」に引っ張ってきてて。そもそもその冨田勲の作品は、グリーグの《ペール・ギュント》(*16)のシンセサイザーアレンジなのですが。

小田:この前、「オマージュ」は誰が聞いてもわかるように引用することで、「パクリ」はわかりづらいように後ろ向きに引用すること、っていう話を聞いて。

江﨑:サンプリング、オマージュ、パロディー、パクリとか、それらの言葉の境界線って曖昧ですよね。その元ネタにちゃんとリスペクトがあるかどうかとか、ちゃんとその人なりに昇華させられているかとかなのかなあ。

小田:血肉化したものなのか、距離を置きつつも深く理解した上で引用したものなのか、それとも数あるものの中からひとつの素材として選んだものなのか、という違いはありますよね。単にストリングスのサウンドを入れた曲とか、古典音楽をただサンプリングした曲とかにクラシックを感じる、という話ではないと思います。

ダンスミュージックのノリで聴いてもいい。

常田:いわゆるポップスのストリングスって、本来クラシックが持っていた幅をあんまり使えてないんですよね。基本伴奏として使われてるから、それやるとToo Muchになっちゃう。でも、もっとその幅を出せるようになりたいなっていう感覚は常に持っています。やっぱ、クラシックって制約があるからこそ培われてきたものがあるんですよね。今って、楽器は弾けなくてもPCで音楽が作れる、素晴らしい時代。でも、だからこそ逆に、アナログなものに価値がある。

江﨑:この数年で音楽の作り方だいぶ変わってきましたよね。PCで完全にコントロールされてる音楽が主流になってきてた中で、最近マイク1本だけ立てて何人かで演奏したものをそのまま出しちゃうみたいな。そういったものが少しずつ増えてきている実感があって。

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常田:クラシックが生まれた時代は、いろんなサンプルを持ってきて同時に流したり足し算したりできないわけです。四重奏なら4人の音しか出せない中で、どこのパートをどう絡めたら面白い作品になるんだろう、とかっていう蓄積がたくさんある。そうじゃない選択肢ができる今、アナログ時代の蓄積を取り入れるのが、単純に面白い。

小田:そうだよね。インターネットの発達でいろんなものを相対化してフラットに見る人たちが増えてるから、逆にクラシックもひとつの非日常なカルチャーとして楽しんでもいいなと思います。たとえば、私はこういう純喫茶好きなんですが、懐かしいというよりひとつのカルチャーとして楽しんでいる。そういう、今の世代ならではの楽しみ方があると思いますね。

江﨑:本当にそうですね。ちゃんと勉強しないと聴いちゃいけないんじゃないかっていう、軽やかに消費できない壁がある。まあ、歴史とかを知って聴くのもひとつの楽しみ方なんだけど。

常田:長いんですよね、曲が。あの時代は他にやることもなくて、とにかく長いコンテンツにしたかったんでしょうけど。今は5分でも長いみたいな時代だから。

小田:そういう人にはウェーベルン(*17)とかおすすめ。

江﨑:とにかく短い。1分とか(笑)。

小田:簡潔な響きと、間が美しい。

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常田:モーツァルトの時代だと、クラシックはBGMとして作っていたわけだから。踊ったり飲んだりしながら聴くダンスミュージックみたいな、そのくらいのノリで楽しんでもいいと思います。

江﨑:気持ちいいな〜くらいのノリで聴いて、眠たくなったら寝ればいいし。

小田:コンサートでちょっと寝ちゃって夢の中で聴くのも最高だよね。

注釈
*1 古典派・・・18世紀半ば〜19世紀初めドイツ・オーストリアを中心に起こったクラシック音楽の流派。ハイドン・モーツァルト・ベートーヴェンなどに代表される。ソナタ形式などに代表される合理的で整然とした形式が発展した。 

*2 印象派・・・19世紀後半~20世紀初めフランスを中心に起こったクラシック音楽の流派。ドビュッシー、ラヴェル、サティなどに代表される。モネらの絵画に影響を受け、気分や空気感を描写する音楽が発展した。

*3 ビル・エヴァンス・・・アメリカのジャズ・ピアニスト(1929-1980)。今なお人気を誇る、ジャズの歴史を代表するプレイヤー。

*4 マイルス・デイヴィス・・・アメリカのジャズトランペット奏者、作曲家、編曲家(1926-1991)。史上もっとも有名なジャズ・トランペッターのひとり。

*5田中千香士・・・ヴァイオリニスト、音楽教育家(1939 - 2009)。1966年から1979年までN響のコンサートマスターを務めた。

*6 《弦楽四重奏》・・・ラヴェルの弦楽四重奏曲 ヘ長調。1903年ごろ作曲。フランス近代音楽における弦楽四重奏曲の代表曲。

*7 ブラームス 交響曲第3番ヘ長調作品90・・・ヨハネス・ブラームスの交響曲。1883年に作曲された。第三楽章はじめのチェロの旋律は、全曲でもよく知られるフレーズ。2022年1月、N響定期公演池袋Cプログラムでも演奏予定。

*8 グスタフ・マーラー・・・ドイツ、オーストリアで活躍した作曲家、指揮者(1860- 1911)。交響曲と歌曲の大家。

*9 イーゴリ・ストラヴィンスキー・・・ロシアの作曲家(1882-1971)。 指揮者、ピアニストとしても活動した。20世紀を代表する作曲家のひとり。

*10 ドミートリ・ショスタコーヴィチ・・・ソビエト連邦時代の作曲家(1906-1975)。交響曲や弦楽四重奏曲が有名。

*11 スティーヴ・ライヒ・・・アメリカの作曲家(1936-)。ミニマル・ミュージックの巨匠。

*12 ヤニス・クセナキス・・・ルーマニア生まれのギリシャ系フランス人の現代音楽作曲家、建築家(1922-2001)。数学の論理を用いて作曲を行った。

*13 YMO・・・イエロー・マジック・オーケストラ。1978年に結成され、世界を席巻した日本のテクノポップ・ユニット。メンバーは、細野晴臣、高橋幸宏、坂本龍一。

*14 冨田勲・・・日本の作曲家、編曲家、シンセサイザー・アーティスト(1932-2016)。冨田勲の「月の光」は、2020東京オリンピック閉会式でも使われた。

*15 アンダーソン・パーク・・・アメリカ出身のR&Bミュージシャン(1986-)。

*16 《ペール・ギュント》・・・エドヴァルド・グリーグの代表作の一つで、ヘンリック・イプセンの戯曲「ペール・ギュント」のために作曲された。2021年10月、N響定期公演池袋Cプログラムで組曲版の第1番が演奏予定。

*17 アントン・ウェーベルン・・・オーストリアの作曲家、指揮者、音楽学者(1883-1945)。前衛的な作風で知られる。


text / Mami Wakao photo / Eichi Tano