#3 C=Conductor 作曲家の「生き様」と自分の「原体験」を演奏で表現する。
<教えてくれた人>
指揮者それぞれの「原体験」が、演奏に色をつける。
指揮者とは、大まかにいえば「その日の演奏を受け持つ人」です。指揮台に立ち、指揮棒を振りながらオーケストラに対して始まりの合図と終わりの合図を出す。これがもっとも基本的な役割となります。
クラシック音楽は「再現芸術」と言われるように、「絶対神」である作曲者が遺した楽譜を可能な限り忠実に再現することがもっとも重要なことです。と同時に、楽譜には書かれていないこと、楽譜には書ききれなかったことを「妄想」しながら再現するセンスも必要とされるんですね。
指揮者によって演奏に差が出てくるのは、この楽譜に書かれていない部分をどう解釈するか? がそれぞれ違うからなんです。例えばテンポの取り方や、音を鳴らしたり切ったりするタイミング、強弱の具合など、指揮者の「解釈」による違いが、曲全体の印象をまるっきり変えてしまう。例えばクレッシェンドをする場所が、ほんの少しずれただけでも聞こえ方はまるで違いますよね? 要するに10分の1、100分の1秒の音の長さの違いが、曲全体にも大きく影響するといっても過言ではないのです。
では、そうした解釈の違いはどのようにして生まれるのか。指揮者にもっとも影響を与えるのは、その人自身が生まれた国の風土であり、そこでの「原体験」なのではないでしょうか。自分が使ってきた母国語は何か、どんな場所で育ち、どんな人と付き合ってきたのか。この辺りが楽譜の解釈にも大きな影響を与えます。加えて社会情勢や生活風習も関わってくるでしょうね。でもそれってクラシックの世界だけでなく、アスリートや画家もそうでしょう。そして、過去から連なる「文脈」を正しく理解していないと、その「ちょっとした変化」がなぜ起きているのかも分からないですし、そもそも変化が起きたことすら気づかないかもしれない。逆にいえば、その「違い」が理解できるようになってくると、クラシック音楽を聴く楽しさは倍増するわけなんです。
篠崎史紀氏が偏愛する指揮者とは。
繰り返しになりますが、優れた指揮者とは作曲家の意図を熟知しながらも、解釈の余地がある部分に対してユニークなアイデアをたくさん持っている人のことだと僕は思います。であれば、指揮者の優劣などほとんど聴く人の好みの問題ともいえますよね。
それはともかく、レジェンドと呼ばれる歴代の指揮者を挙げていくとやはりヘルベルト・フォン・カラヤン(*1)やカール・ベーム(*2)、ウォルフガング・サヴァリッシュ(*3)、ホルスト・シュタイン(*4)、ロリン・マゼール(*5)といった方々でしょうか。この方たちはすでに逝去されたので、残念ながら私たちはもう2度と「体験」することは出来ません。今の時代の若手の指揮者ですと、これは完全な僕の好みですがトゥガン・ソヒエフ(*6)の指揮は是非とも一度聴いていただきたいです。
僕らが「すごい」と思う指揮者は、知識があってクレヴァーであること、あるいは親分肌でグイグイ引っ張ってくれる人、もしくは「何がすごいのかよくわからないけどすごい」と思わせるオーラがある人です(笑)。トゥガンの場合、知識もあるし物腰は柔らかいのに、有無を言わせぬハンドパワーといいますか、フォースみたいなものを持っているのではないかと思っているんです。そして、「この人と音楽をやっているこの時間は、なんて幸せなのだろう」と思わせる魅力があるんですよね。
「指揮者」を見て、聞くためのコツ。
今年の9月からN響の首席指揮者に就任する、ファビオ・ルイージももちろん素晴らしいです。彼はクレヴァーですが下積みも長く、その下積みをやったことが自分でちゃんと消化できている。だからこそ思いつきで何かをやるようなことはしない。経験と知識に裏打ちされた説得力を持っているんです。彼との演奏も幸せな時間に感じますね。
コンサート会場で、指揮者を観察するのにもっとも適しているのは、指揮者を正面から見える席です。そこで指揮者の顔や仕草を見ていると、きっと飽きないと思いますね(笑)。東京芸術劇場なら舞台を横から見られますし、サントリーホールなら舞台の裏側にも席があるため、指揮者を正面から見る事もできます。料金的にお得な席ですが、ステージの延長上で自分も見られているという緊張感があります(笑)。響きのバランスや広がりを追求するのであれば、それなりの料金の席に座った方がいいと思います。でもたまにそうやってちょっと違った角度からクラシックコンサートを聴くのも、楽しみがまた広がるかもしれないですね。
指揮者の違いをそうした見た目ではなく「音」で楽しみたければ、オーケストラの各楽器の音量バランスに耳を傾けてみてほしい。どの楽器をどのくらい鳴らすか、和声の中のどの音をどのくらいの割合で出すか、それらをコントロールしているのが指揮者なんです。指揮棒を振ってテンポを調整しているだけと思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、オーケストラの音のバランスや演奏の流れを作ることが、指揮者としてもっとも重要な仕事なのです。そこから自分の好みの指揮者を見つけるようになってくると、クラシックの深い森にさらに一歩踏み込むことになると思いますよ。
text / Takanori Kuroda